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党員用討論欄

picaiaさんへ

2013/4/13 植田与志雄 60代 技術者

ご意見ありがとうございました。私の感想などを述べます。
民主集中制へのNOでは一致ですが社会主義と党に関してpicaiaさんと私は反対 向きです。
反対向きの点について書きます。
簡単に言えば「党は右転落した、それが退潮の原因
がpicaiaさんの考えで、具体的には
・目標が科学的社会主義からルールある資本主義に変わった
・史的唯物論から空想的社会主義のレベルに後退
・社会発展を力でなく支配階級にも納得させて進めようとしている
・人類の歴史は階級闘争の歴史だったとするマルクスの根本思想をないがしろに している
などが右転落の証で、伝統的な社会主義へ復帰すべきだ、党はこれらから外れて しまった、元へ戻るべき、というのですね。
さざ波投稿には伝統的社会主義への復帰と伝統的社会主義からの脱却を求める 二つの考えがあると思います。どちらもソ連崩壊後のサヨク全体での傾向を反映 していますが、私は後者です。
私にとってはソ連社会主義の崩壊で、それまで確かだと思っていたことがかなり 不確かに、不確かだったことがかなり確かに、変わったことがたくさんありました。
Picaiaさんの主張との関連で言えば例えば私の信じていたマルクス社会主義と 思っていたものはソ連共産党の解釈によるマルクス主義だった。圧倒的権威を持 つソ連党(コミンテルン)の解釈を通して社会主義を理解していた、これは無自 覚ではあっただけに自分自身にとっての大きな衝撃でした。ソ連はじめ社会主義 国の惨状は伝統的社会主義の理論的帰結で、その結果が今日の全世界的な社会主 義の暴落的衰退を招いていると思っています。さざなみにも投稿しましたが伝統 的社会主義こそが実現(不)可能性から見て空想的社会主義だったのではない か、これはpicaiaさんと180度逆向きの認識です。我々党員自身の中に二つの 正反対の主張あるのだから、中央の認識の当否を問題にする以前に、つまり党中 央を中心に議論するのではなく、もっともっと我々自身の中で議論しなくてはな らないと思っています。「資本主義の根本治療は現代理性の共通課題」の選択の 一つとしての議論に耐えられる新しい社会主義を探求したい。その結果、資本主 義の根本的治療には伝統的社会主義理論も根本的治療を求められるだろうと思っ ています。
具体的にpicaiaさんの主張に異論を言います。
★「目標が科学的社会主義からルールある資本主義に変わった」⇒綱領上はそう なってはいないと思うのでpicaiaさんとは少し違いますが、問題は伝統的社会主 義は良くてルールある資本主義は悪いのかです。私は「ルールある資本主義」の 「ルール」を限りなく進めてゆけば資本主義本体の根本治療に至る可能性がある と思います。では、伝統的社会主義では市場の存在をどう考えるのでしょうか。 市場に代わる経済メカニズムは見つかっていませんから、市場なき社会主義は今 のところ空想的です。市場を容認するとしたら、経済活動における私的生産の自 由がなければ市場は機能しないので、生産手段の私的所有の廃止をうたう伝統的 社会主義とは相いれません。となると「市場社会主義」は資本主義の改良版とど う違うのでしょうか。ルールある資本主義を資本主義の根本治療の第一歩と捉え ればルールある資本主義を簡単に否定することはできないと思います。資本主義 の次は社会主義と考えるのは伝統的社会主義の歴史観ですが、このように社会主 義に指定席を与えるのは正しいのでしょうか。資本主義の否定はできても社会主 義を肯定する設計図に当たる経済メカニズムの根本は今だ未解明ではないでしょ うか。設計図なき社会主義は空想的と言わざるをえません。
★「社会発展を力でなく支配階級にも納得させて進めようとしている」⇒picaiaさ んは理屈や納得でなく階級闘争イコール力が歴史を進めると言うのですね。私は 力のかなりの部分は単純に言えば納得から生まれると思います。多くの人の納得 が得られる理屈が選択されて力になると思います。もちろん、納得には諦めや絶 望や恐怖からのものもありますからイコール正しい選択とは限りませんが。法則 が歴史を進めるわけはなく、人類の選択が歴史を進めてきたと思います。選択が 生産力、生産関係など経済的要素に強く制約され、これから離れて自由になされ るとは思えませんが、かといって法則に縛られて選択がなされて歴史が回転して いるとも言えません。選択を誤って人類が滅亡することも十分あり得ますから。

最後にpicaiaさんの言う「医学知識の遅れが後退の犯人」というのはどういうこ とでしょうか?よく理解できないのですが、、。