たとえば昨年一月以降のことをみてみましょう。一月は、六中総と手引きの読
みがあり、昨年度の集中拡大で未達成分
を早期に達成するようにとの指示がありました。赤旗一月四日に松島幹部会員は
「いまのうちに集中拡大の目標を予定ど
おりやりとげる」ようのべていますが、月間ですら未達成となった課題で、しか
もかなりの量の残り部数があるのをやり
とげることは大へんな努力の集中が必要であったことは明らかで、県や地区では
月間に準ずる体制やとりくみをすすめね
ばなりませんでした。二月、三月には全活会議の報告の課題があり、三つの文書
の読了の点検があり、党員拡大を重点と
した入党前教育のとりくみに力を注がねばなりませんでした。しかも、この二
月、三月では多くの県や地区が次々と自主
的な月間や旬間を設定しており、また中央では、減紙の都府県委員長会議がひら
かれ、これらの都府県は特別の任務とし
て減紙回復のための重点的努力をはらう必要がありました。四月には、書記局指
示によって大会現勢力をわる二十三都府
県が「特別月間」として拡大を取り組みました。この時期には大会現勢をわって
いない地方党組織の自主的な月間、旬間
もあり、また二十三都府県が大きな地方党組織を多く含んでいることを考えあわ
せると、実質的には全党の大きな部分が
集中拡大にとりくんだといえるでしょう。五、六月は五十周年記念拡大月間で、
それが七月十五日までつづきました。七
中総では、七・一五以降も全党が拡大のためにひきつづき奮闘するように決めら
れ、七月下旬には「一息」つくことがな
いよう、ひきつづいて奮起するようにという中央の手紙が全党員に送られまし
た。八月になると拡大と選挙のための奮闘
が「緊急、重要な任務」として提起され、八中総以降全体としては選挙戦のとり
くみへ移っていきましたが、十月に緊急
課題として拡大中心の「特別月間」がありました。以上のことを要約してみるな
らば、地区機関での昨年一年間の活動は
どんなに内わにみつもっても数か月以上を月間又はそれに準ずる時期として拡大
のとりくみを集中的にやり、ほぼ三~四
か月を選挙戦のとりくみに奮闘したことになりましょう。
又、本年は一月、二月が九中総の読了と討議の指導に努力をつよめなければな
らなかったと同時に、「千載一遇の機会
」として一月度、二月度の拡大目標をやりきるよう指示があり、それぞれの地方
党組織で旬間や月間が設定されました。
つづいて三、四月は空白克服の特別月間がありましたが、大都市の地方党組織も
空白経営の克服や月別計画の達成などを
めざして、同様に月間をとりくむよう指示がありました。さらに六月には「全党
は力をつくして六月中に必ず三か年計画
の総達成を」という中央の指示で、東京都をのぞいた全国の党組織が拡大「月
間」同様のとりくみとなりました。また、
名古屋、大阪、東京で大きな中間選挙がありましたし、一月以降多くの地方党組
織で、自主的な月間や旬間が数多くとり
くまれてきました。八月、九月は三か年計画総達成をめざす特別「月間」とな
り、十月はあくまで三か年計画をやりぬく
ための奮闘と大会決議案の読了が緊急重要な任務として提起されています。この
ように、今年も地区機関の実情では、や
はり数か月以上が「月間」又はそれに準ずる期間として拡大に集中的な努力をは
らい、三大都市の都府県は三か月以上の
選挙戦のとりくみがありました。
したがって、この二年ちかくの間に、地区機関段階では拡大「月間」又はそれ
に準ずるとりくみを必要とする期間が、
どんなに内わにみつもてでも、ほぼ十か月はあったとみなければなりません。ま
たさらに、○月目標の達成や減紙回復、
未達成分の達成などで党中央が拡大を「緊急重要な任務」として提起したり、地
区独自で拡大を「緊急かつ重要な任務」
としてとりくんだ期間をあわせるならば、選挙の時期と決定の読了のために努力
を集中した時期をのぞくと、拡大重点の
期間は相当大きな部分をしめることになります。もちろんこのことからただちに
拡大ばかりやっているといえませんが、
少なくとも七中総での岡副委員長の発言のように「拡大ばかりやっているのは
まったく実際にあわないこと」だというの
は、地区機関の実情からみれば、不正確であるというそしりをまぬかれません。
この二年ちかくの間、地区機関では拡大
を「緊急かつ重要」な任務としてとりくむ期間が相当長期にのぼっており、拡大
を重点としてとりくむ時期、または集中
拡大をすすめる時期が一年十か月のうちのほぼ半分ちかくになっているというの
が実情です。
こう申上げると「それほど集中拡大をすすめる時期があったにせよ、実際に集
中的拡大をやっためは、そのほんの一部
の日数にすぎないではないか。拡大ばかりやっているというのは実情にあわな
い」ともいわれるかもしれません。しかし
この考えは下級機関の実情を知らない暴論であります。拡大の成果があがってい
るにせよ、いないにせよ、地区機関は努
力を集中して活動をすすめているのです。いや拡大の成果があがっていない時こ
そ、地区機関はいっそう力を尽くして、
集中拡大のための指導をつよめています。あとでもっと詳しく申し上げますが、
数がふえていないからといって、地区機
関が拡大のために十分な「力の配分」を怠っているとか、「一息ついている」と
かいうことでは決してないのです。
以上のように、この一年十か月のうち、ほぼ半分ちかくの期間が、拡大を重点
としてとりくむ時期、または集中拡大を
すすめる時期であったほかに、選挙の期間が数か月ありました。さらにこれに決
議・決定の読了のため努力を集中する期
間も加えるならば地区機関が平常の活動をすすめる月日というものはむしろ少な
いといわねばなりません。特別のとりく
み、非常の体制がこのように相当長期間つづくことは、地区機関常任の実際活動
に歪みを生じる一つの原因となっていま
す。
すると、「たとえ、月間やそれに準ずるとりくみの期間が相当長くつづき、か
つ選挙などのとりくみがあるにせよ、中
央の方針は常に二本足の方針である。どれほど拡大や選挙で集中したとりくみが
あっても、二本足の活動をくずしてはな
らないのであり、『手引き』では『たて糸』と『よこ糸』の関係として明らかに
してある。したがって、地区機関がどん
な場合でも、支部の直面する労働組合運動や大衆闘争にたいする具体的指導や援
助をおろそかにしてはならないことは、
すでに方針として明確となっている」といわれるでしょう。全くその通りで、地
区機関の方針でも、支部が「たて糸の活
動」を重視してとりくむよう強調し、月間や選挙でも大衆闘争をつよめつつ、そ
れぞれの課題を遂行することを決めてい
ます。それにもかからわず、地区機関常任の具体的指導で二本足が崩れるのは、
拡大運動や選挙戦のとりくみが実際上長
期間つづくということに加えて、「つめきる指導」を必要としていることによる
ものです。
「つめきる指導」とは、十回大会二中総では「全党員を正しい納得のもとに結
集する指導を徹底する」ことであり、「
機関と幹部がつねに下部に入り、下部組織と党員の意見をよくきき、そこでの困
難や障害となっている問題をふかくつか
んで、先頭に立ってこれを打開することが必要である」とのべています。また七
〇年十二月二十三日の幹部会決定では「
たんに数字のうえで課題を一般的に追及するのでなく、一つひとつの支部、一人
ひとりの党員の実情を具体的につかみ、
本当に全党を動かしてゆく活動を具体化する」とものべています。
方針の上では簡潔にのべられていますが、地区機関が実際指導にあたってこれ
をやりきろうとすると、実は、大変な労
力、努力を必要とするものです。私はかつて地区機関にいたとき、数字の上だけ
の「つめきる指導」というものをやって
いました。月間またはそれに準ずる活動の時期や選挙戦の期間は、地区常任委員
会は週二回以上、選挙の終盤や拡大の突
撃のときは連日、ひらかれます。こうした地区常任委員会から地区常任委員会ま
での間に担当する支部の全党員の実情、
全党員の課題の遂行状況を最低数字の上だけでもつかんで指導するというのが、
常任委員の主な仕事になっていました。
電話で支部長と連絡をとり、地区委員会にきてもらい、事情をきき指導する。連
絡をとれない支部には直接いってきく。
十も二十もある担当支部と、何百人という党員を決定の読みの状況、討議に参加
の実情、それぞれの目標、その期限、目
標の遂行状況などの点検項目にもとづいてつかむためには、一週間に一度つかむ
だけでも、文字どおりかけずりまわらね
ばなりません。私は、拡大月間があり、それに準ずるとりくみの期間があり、選
挙があり、決定の読了があり、その他の
さまざまな努力を集中しなければならぬ課題があって、来る日も来る日も、これ
らの課題についての支部の細かな事情を
きき、つぎつぎと個別指導に奔走していました。そしてこれが「支部の実情をつ
かんではなさない指導」であり「方針を
貫徹する指導」であると思っていました。
私は、指導の根本は、典型をつかみその教訓を全党に普及することにあると考
えます。かつて中国の文献に「一羽の雀
を解剖すれば、すべての雀のことがわかる」という文章がありましたが、これは
大へんよい表現だと考えます。私のやっ
ていたことは、一羽の雀ではなく、全部の雀を解剖しなければ雀のことはわから
ないとする活動でした。そして、支部長
や指導部の指導をとびこして、全党員を動かすことに力をつぎこんでいたのでし
た。このような指導をやっているかぎり
、いくら常任がいても足りず、いくら時聞があっても足りず、活動は一面的なも
のにならざるをえません。
「それは我流の指導であって党中央のいう『つめきる指導』というものはその
ようなものではない。」といわれるでし
ょう。しかし、どのように説明を加えられようとも、第一に『つめきる指導』と
いう方針のもとに、地区機関常任の多く
が、拡大、選挙、読了の諸課題で、支部や党員の実情と数字をつかみ、個別に指
導するということに忙殺されているとい
う事実です。これは、実際に地区機関にはいり、地区機関常任が平常どのような
活動と指導をし、どのような任務に忙殺
されているかを点検するならば明らかとなることです。第二に、どのような前提
条件、保留条件をつけようとも『つめき
る』という言葉の持つ意味は、一つひとつつかんで全部をつかみ、一つ残らず指
導しきるということに力点をもっていま
す。かつて九回大会三中総などでは、典型を普及する指導とともに個別指導や具
体的指導の大切さが強調されました。こ
の個別指導や具体的指導をつよめることにかんして、十一回大会ごろから、特別
に「つめきる指導」という表現を用いる
ようになったことは、さらにすすんで、個別指導によって全部をつかみ、全部を
指導することを強調するものにほかなら
ないでしょう。さらに第三は、この数年間に、地方党機関から中央への日報や三
日報がほとんど年中行事化しつつあるこ
とであります。これは、拡大、選挙、読了など努力を集中しなければならない任
務が、ほとんど連続していることの当然
の結果でもあります。しかし地区機関常任にとっては、日報はもちろんのことで
すが、三日報でも報告数字をつくるため
にはかなり奔走しなければならないのです。
かつて宮本委員長は、日報は情況をつかむためのもので指導の方法ではないと
いいました。しかし最大の問題は、日報
や三日報の結果が直接には指導の内容になるということです。日報や三日報が他
の組織とくらべてかんばしくない、ある
いは前の報告とくらべて変化がないと上級機関から下級に対しては「どうしてい
るのか」ということになりますし、下級
組織にとっては「これではいけない」ということになるのは当然のなりゆきで
す。その結果、地区機関常任の指導や活動
がいやでも数をつかむための活動や数字をあげるための指導に流れざるをえませ
ん。三日報のつづいている間は、地区機
関常任は、三日に一ペんは、担当する全部の支部の数字を一とおりつかまねばな
りませんし、数をあげるために遅れてい
る支部や数の動きのない支部をとくそくしたり、その他の支部のとりくみをつよ
めるよう個別指導にまわったりして奔走
するのです。
「このような数をおう指導は、事務的行政的指導の誤りとしてすでに指摘し、
全党的に克服されてきていることである
」といわれるでしょう。しかし、克服されてきているかどうかは、たとえば「読
了」についての地区機関常任の実際活動
の内容をつぶさに点検されるならば明らかとなるでしょう。そこでは、「決定を
読み討議する」ことを指導するというも
っとも政治的な内容をもったことがらが、地区機関常任の実際活動では、「何人
が読んだか」「何人に読ませるか」とい
う数字の問題だけにしぼられ、決定の内容についての指導や、支部の生き生きと
した討議内容の報告がほとんどみられな
いという現実があります。どのように数をおう活動や指導はいけないといわれて
も、三日報を確実にあげるためには、地
区機関常任は数におわれて奔走しなければなりません。長期間、三日報や日報を
もとめる党中央は、この報告数字が地区
機関常任のどのような活動によって支えられているか、考えたことがあるでしょ
うか。三日報にせよ、日報にせよ、支部
の自主申告によるものは、せいぜい支部数の三分の一ていどか、よほどよくて支
部の半数です。この自主申告も、申告が
ないと点検するという地区機関常任のとりくみがあってのことで、この点検をお
こたるなら、ほとんどの支部が報告して
こなくなります。したがつて、地区機関常任が、推量の数字や見込み数を報告に
もりこまず、確実なものだけで報告しよ
うとするなら、多くの支部の一つ一つを点検しなければなりませんし、しばしば
いくつかの支部まで出かけねばなりませ
ん。さらに日報や三日報などが行われている間は、中央から地区機関までのどの
機関も、下級組織のとりくみや成果を数
字で表した一覧表をたえずもっていることになります。このような数字を常用す
ることはたいへん便利なことですが、そ
れだけに数字が党活動の一つの側面を表しているにすぎないことを忘れ、指導が
これらの数字から出発し、これらの数字
に導かれることになる危険をさけることができません。上級機関の指導にわずか
なぶれがあると、それは下級党組織の活
動の大きな歪みに発展することは、党指導の上での基本原則です。赤旗で時々、
全国都道府県の拡大の達成率や読了の率
などにもとづく順位表が発表されます。これを見るものは誰もが「順位が上の都
道府県はよいところで、下の方はおくれ
ているところ」と単純に考えます。県機関では、この傾向がつよめられ、たえ
ず、日報や三日報による一覧表で、数字の
よい地区はすすんでいるところ、数字のわるいところはおくれているところとい
う評価がなされ、この評価にもとづいた
地区機関への個別指導が行われています。地区機関ではこの欠陥がさらにつよめ
られ、地区機関常任は数字におわれ、少
しでも数の上での成果をあげようと奔走することになります。
たしかに、全党を納得させる指導という党中央の強調でかつてのような乱暴な
押しつけ指導や数の強要はかなり少なく
なったのではないかと思います。しかし、拡大、選挙、読了などの努力を集中し
なければならぬ期間がつづくなかで、一
方で「つめきる指導」が強調され、他方では日報、隔日報、三日報が長期に行わ
れることによって、地区機関常任はいや
でも数におわれ、数をおう活動と指導に奔走せねばならず、支部の直面する労働
組合運動や大衆闘争の指導や援助ができ
なくなっています。