民青同盟員の数がすごい減っているんですね。つい最近新婦人の大会に行ったら、年輩の方ばかりで(元気だけど)どこも若い後継者不足のようです。
民青時代は殆ど毎晩事務所に行っていましたが、大衆運動に関わることは無かったです。拡大しようにも対象者がいないし、集金したくてもいつも留守という読者が半分くらいいて、面倒だから立て替えたりしてました。持ち出しが多くて、地区委員長は電話代を払ってたし、自分でまいた種とはいえ、財政的負担が増してくると投げ出したくなりました。地域班というのは、未結集を多く抱えてますから班総会を成立させるのも大変でした。動ける同盟員があまりにも少ないので、達成感を得られるような活動はついに出来ずじまい。ビラ配りにはよく行かされたけど。
当時、なんでやめなかったかというと、党の専従者で民青の県委員をしていた人に憧れてたんです。いつもにこにこして、高校生と同じレベルで話ができるし、いい意味でバカになれる人。会議では、おやっと思うような鋭い発言をするので頭のいいひとだなと思ってました。
あるとき、人民大学の保育受付をやっていて、向かい側に本部受付をしてる彼を見つけて、「なんて素敵なんだろう」と見とれたこともあります。(客観的に見るとごくふつーの容姿)
その彼には、もともと恋人がいたので片思いだったけど、宮沢賢治の詩の「雨ニモ負ケズ、」を地でいくような献身的かつビンボー生活をしてる彼を尊敬していました。色々、党には不満も感じるけど、信じられる専従者がいるのが救いです。
イヤなのは、上の都合を押しつけてくるアホな専従です。数年前、転籍先の支部長が入院中で、会議を開けず党費を納めそこなってたら、妊娠中なのに車で40分以上かかる事務所まで持ってくるよう言われ、その言い方が命令調なので、ものすごく腹が立った!! 妊娠に気付く前は、会ったこともない支部長の代理で、日曜版の集金して風邪ひいたのに、全然気遣いが無い。(つわりで苦しいときに夫は「病気じゃないんだろ」とのたまうし、妊婦はつらいよ?)郵便振込みとか、事務所に行きにくい人のことも考えてほしかったです。
ちなみに機関紙代は、しばらく実家に帰ってたりしたので止めてあり無事でした。そういえば、最近、週刊金曜日のほうが面白いんで、時々立ち読みしている。もう少し安いと買うのだが。HPも見てるけど全部は見られないから。