この間の首相指名選挙で、共産党が民主党への協力を打診し民主党に拒否されたという報道がありました。報道を読めば、民主党が拒否することは計算済みだったとの見方もあるようですが、首相指名選挙で共産党が改憲論者に投票するということはあってはならないことであり、初めから協力など問題外だったのではないでしょうか? いずれにしても、民主党側の反動ぶりがあらわになってきているので、そろそろ党指導部も目を覚ますべきでしょう。
タケルさんの議論にはこれ以上興味はありませんが、看過できない誤りだけ指摘しておきたいと思います。
対置とおっしゃいますが、革新三目標と民主連合政府の課題は消えたわけではありませんし、そもそも大会決定です。革新統一戦線が出来ない現段階でも、よりまし政権の可能性を探るというのが「不破政権論」です。そして何度も指摘するようですが「連合政権には革新三目標の厳守」という固定した考えは、綱領の立場ではありません。
ちなにみ私も民主党が「新自由主義的」政策を持っているということは認識しているし、民主党の政策については編集部の指摘もおおよそ正しいと思います。とりわけ自由党が野党になってからは、あちらの方が組みしやすい様です。「本質」が露になっていますね。この程度の政党と連立を語らなきゃならないのは残念ですが、国民に責任を負う政党としては綱領の立場から「よりまし政府」の実現に注意と努力を払うのは当然だと思います。
前の投稿で言いましたように、もともと民族民主統一戦線より前の段階のよりまし政権とは、革新三目標という「一定の条件」にもとづいた政権のことでした。タケルさんの言われるように、現行綱領は革新三目標以前の「よりまし政府」の問題を論じていますし、綱領の立場として「よりまし政府」の実現に注意と努力を払うのは当然でしょう。問題はどのような注意と努力を払うのかにあります。綱領は、決して安保を凍結してよいとは書いていないし、反動党派と連立してもよいとも書いていません。したがって、私の見解が綱領に矛盾するものではなく、「綱領の立場でない」というのは言いすぎでしょう。
綱領をもう一度良く読んで下さい。2つの敵の【支配を打破していくのに役立つ政府】です。最初から2つの敵の支配に反対することが条件なら、70年代の社会党などとの革新統一戦線もその条件に当てはまりません。
上記の件といい、この部分といい、綱領をよく理解していないのはタケルさんのほうでしょう。私の意見は、別にタケルさんの言うように2つの敵の支配を打破していくのに役立つ政府と言い換えても同じことです。そして2つの支配を打破していくのに役立つ党派が「民主勢力」でしょう。70年代の社会党と違って、民主党はそのような党派ではないし、これからもそうはなりません。
私が注目してきたのは、野党共闘の中での民主党の変化です。「無駄な公共事業の削減」まで合意できたんだから相当な前進。
「無駄な公共事業の削減」の合意のどこが相当な前進なんでしょう? 先進資本主義国はどこであれ、国によって国家予算の使い方には特徴があります。しかしそれは時代や社会情勢によって変わることもあるし、変わらざるをえないこともあります。問題は、公共事業を削減して、その分をいったい何に使うのかにあるのではないでしょうか? それに公共事業費の削減が進歩的なことであるなら、日本に比べて公共事業費の少ない欧米諸国は、どこでも進歩的であり、共産党・労働者政党は常に政権参加できることになります。
同じ「無駄な公共事業の削減」を主張しても、それが新自由主義的政策のためなのか福祉国家的政策のためなのかによって全体としての政策体系の中身は大きく違ってくるはずです。また、公共事業をドラスティックに削減すれば、産業構造の大きな変化をもたらします(当然、大量の失業者がでる)。その場合に、現在の労働運動の力をみれば、労働者に不利益をもたらすのは目に見えています。市民社会内部の力関係や運動の力を軽視した議会的かけひきの危険性はそういうところにも現れます。そういう意味でも、現状で党が政権参加すれば、間違いなく労働者の利益を裏切ることになります。どんなによい政策であっても、その成果は結局、市民社会内部・現場の力関係にかかってくることをお忘れなく。