大塩氏の挑発に乗るわけではありませんが、低水準な雑文を投稿してきたものとして、若干の意見を述べさせていただきます。
このサイトは、まじめで自由な討論が出来る場として、私たち共産党員にとって、大変貴重な意味を持っています。しかし、ここは何も学問的な理論分析のみの場ではないと理解しております。「落書き程度の感想がほとんど」「低水準」との表現は、挑発とはいえ、かがなものでしょうか。自由な生き生きとした意見のやりとりに多分に水を差すものであると、私は感じました。もう少し、おおらかに自由な意見のやりとりを受け取っていただけないでしょうか。
党員としてまじめに活動しているならば、主体的に活動すればするほど、様々な矛盾を感じ、壁にぶつかるものですが、それをそれぞれの支部、地区などの組織内で自由にぶつけ合え、高めあえていければ理想なのですが、出来ないところに、多くの党員の苦悩の一因があると、私は感じています。ご指摘のように、特に居住支部では、党員が高齢化し、それに伴って数少ない40代50代(居住支部では若手といわれる)の党員は、機関紙の配達、集金、ビラの配布その他の活動が集中し、消耗しすり減らされています。そのためによほど自覚的、意識的に学習しなければ、日々の労働、家事育児,党のルーティンの活動(赤旗配り、集金等の実務)以外に何も出来なくなってしまいます。実際に週3~4日またはそれ以上日刊紙の配達をしている居住党員で、しかもサラリーマンだったりすると、他に何も出来ない状態に追いこまれている人が少なくありません。
よく「○中総」の読了率□%と出ていますが、こういうものさえ「読むのが物理的に困難」または「どうせ毎回同じようなものだから」と、時間があっても読んでいない、あるいは「字が多すぎて読む気がしない」等々、会議に結集している党員でさえ、こういう人たちも少ないないわけです。何年か前までは、会議といえば決定文書の「読み合わせ」がやっと出来る程度で、討論の時間など無い状態でした。
学生支部、経営支部など、それこそある程度「理論水準の高い」ところで活動してきた人が、この状態に転籍してくるとものすごいギャップに、無気力になったり、反発を感じたりするわけです。目先の課題に追い回されるだけで,きちんとした学習(机上のものだけでなく)が出来ていないと、しっかりとした展望が見えなくなり、確信もなくなります。やはり知的な欲求が満たされ、実践の中でそれが生かされ、活動の発展に結びついていかないと、党員個人の成長も組織の発展もありませんね。なかなか、急に変わるには難しいことです。特に60代、70代の大先輩党員が多数のなかで、私が厳しい発言をしようものなら「若輩者で、しかも女性が生意気」と受け取られかねない雰囲気があります。(口には出さないまでも、『女性のくせに』という反発は共産党員といえども年輩者や、また地方によっては、まだまだ根強いのでは?)、しかし、ねばり強く、建設的に今の活動スタイルを変えていかなければ、若い人にとって魅力のある党にはなりません。皆で学習し、なれ合いでない生き生きとした討論が出来る方向に少しずつ代われるよう努力しているところです。大塩氏への反論のつもりが言い訳めいてしまいましたが、お許しください。自らも大いに、学習と実践につとめる決意です。