ここではまず、『1861-1863年草稿』から「資本のもとへの労働の形態的包摂と実質的包摂、過渡諸形態」の欄外的に記載されている〔覚え書〕を前文掲載する。
「〔ここでの〈積極的な成果〉は、増大した量の生活手段を生産するために必要とさらる労働時間が減少するということ、こうした成果が労働の社会的形態によって達成されるのだということ、そして、生産諸条件にたいする個々人の占有〔Besitz des Einzelnen〕は、不必要なものとして現れるだけでなく、この大規模生産とは相いれないものとして現われる、ということである。資本主義的生産様式では、もちろんこのことは、資本家〈非労働者〉がこの社会的大量の生産手段の所有者である、というかたちで現われるのである。資本家は実際には、労働者たちにたいして、彼らの結合、彼らの社会的統一を代表しているにすぎない。
だから、この対立的な形態がなくなれば、その結果生じるのは、労働者たちがこの生産手段を、〈私的諸個人〉としてではなく〈社会的に〉占有している〔besitzen〕、ということである。資本主義的な所有とは、ただ、生産諸条件にたいする(したがって生産物にたいする、というのは生産物はたえず生産諸条件に変わっていくのだから)労働者たちのこのような社会的所有〈すなわち否定された個別的所有〉の対立的表現でしかないのである。同時に明らかになるのは、このような転化は物質的生産諸力の一定の発展段階を必要とする、ということである。
たとえば小農民にあっては、彼のわずかの耕地は〈彼のもの〉である。それを自分の生産用具として所有することは、彼の労働にとっての必要な刺激であり条件である。手工業の場合にも同様にそうである。大農業でも大工業でも、この労働と生産諸条件の所有とは、〈はじめて分離されなければならない〉のではなくて、それらは〈実際に分離している〉のであって、シスモンディが嘆いているこうした所有と労働との分離は、生産諸条件の所有が〈社会的〉所有に転化するための避けることのできない通り道なのである。個々の労働者が〈個々人〉として生産諸条件を所有している状態が再建されることがありうるとすれば、それはただ、生産力と大規模労働の発展とが解体されることによってでしかないであろう。この労働にたいする資本家の〈他人所有〉が止揚されることができるのは、彼の所有が変革されて、自立的個別性にある個別者ではない者の所有、つまり〈アソシエイトした社会的な個人〉の所有としての姿態をとることによってだけである。もちろんそれと同時に、生産物は生産者の所有物なのだ、という物神崇拝はなくなり、資本主義的生産の内部で発展する、労働の社会・・・文字化け部分・・・、Ⅱ/3-6 S.2144-2145 『草稿集』Ⅸ PP.389-390。
以上が〔覚え書〕の文章だが、こんにちマルクスの社会主義論の最大の、ないしは論争点として争われた「個人的所有の再建」と「否定の否定」論にある材料を提供出来たものだと確信する。詳細な検討は後日明らかにしたい。