『さざ波通信』の最新号で、上田耕一郎共産党副委員長の『経済』論文「二一世紀を「平和の世紀」に」に対する批判が掲載された。また、同論文に対する大塩平七郎氏の批判投稿も最近掲載されている。どちらも、上田耕一郎氏が、護憲派憲法学者の主張をつまみ食いし、自分の都合のよいように利用していることを指摘している。私も、それらにあやかって、最近発見した澤野義一氏の共産党批判をここで紹介しておこうと思う。
上田副委員長は、その論文の中で、澤野氏の著作をわざわざ取り上げ、そこでの憲法論をほとんど無条件に肯定的に取り上げている。が、その澤野氏は、昨年の共産党の新しい自衛隊政策についてどう言っているだろうか。
以上のことを勘案すると、憲法九条の中立は、個別的な武力的自衛権および集団的自衛権を認めない「非武装中立」、厳密には「非武装永世中立」を意味するものと解すべきである。したがって、日本共産党のように、憲法九条のもとで「非同盟中立」を提言するのは適切ではない。共産党が「非同盟中立」の表現にこだわり、「非武装中立」という表現をしないのは、武力的自衛権に基づく「武装(自衛)中立」論を前提にしているからである。このことは、自衛隊の解消過程において、急迫不正の侵害に対して国民の安全を守るために自衛隊を活用するという最近の政策提言となって現れている。この論理だと、一定の有事立法の準備も必要となろう。
このような見解は、かつての社会党や「護憲的改憲論」などが提言した「平和基本法」論にみる安全保障政策と大差がない。しかし、これは、伝統的な国民国家の自衛権を前提とした「近代的」立憲平和主義の枠内のイデオロギーであり、憲法九条の想定する先進的・未来志向的な「現代的」立憲平和主義に抵触する。(澤野義一「非武装中立論」、『科学的社会主義』第36号、26ページ)
以上が、上田氏がつまみ食いしている護憲派憲法学者の主張である。もちろん、こうした主張には賛成できないという立場もありうる。それなら、こうした憲法学者の議論を正々堂々と取り上げて、反論すべきだろう。