投稿する トップページ ヘルプ

党員用討論欄

主観主義とうぬぼれ

2003/4/20 大鷹

 やはり前半戦の惨敗は起こるべくして起こったというのが、ここでの共通した認識のようである。
 賛成する立場から1、2点感想を述べたい。

 主観主義の傾向について

 いつごろからだろうか、不破議長、志位委員長の論調で気になるのが自らを「値打ちある」と強調するようになったのは。最近とみにこの表現がめだつようになった。普通、あるものが「値打ち」があるかどうかは他の者が評価するものだ。「これは値打ちものだよ」という露天の売り声に人々はうさんくさく警戒する。
 全都活動者会議(4/15)では「大きな値打ち」(志位)、後半戦に対する訴え(4/19)では「値打ち」だけでは足りなくて自らを「かけがえのない」存在といい、それでも不足とばかり「かけがえのない値打ち」とまでいっている。
 これらは主観主義とうぬぼれ以外の何物でもなく、惨敗を率直に認め敗因を謙虚に振り返ることができないことを表している。
 その典型が「308万票という数字は何ら恐れる必要はない」(志位報告、全都活動者会議)であるが、この発言の問題性はすでにさざ波で指摘されている。

 都知事選問題について

 この欄の3月27日付nnさんの「長壁満子様へ」では樋口恵子氏の立候補について、次のように書いている。

>ただ事実としておさえておいていただきたいのは先に共闘を拒否したのは樋口氏であるということです。昨年「革新都政をつくる会」では樋口氏へ知事出馬要請に行きましたが拒否され、共産党が候補を立てたのを見て立候補したのです。

 この記事によって、幾人かの投稿者の論調がその後少し変化したようであるが、nn氏の投稿が事実であるとすると党の樋口氏に対する厳しい批判と矛盾する。
 樋口候補は「保育の問題、福祉の問題などで、(石原と)同じ流れに身を置く」(志位報告、全都活動者会議、カッコ内は筆者補足)、とまで批判する樋口氏をnn氏がいうように出馬要請したのだろうか。仮に要請したのが事実だったとしたら、たとえ断られたとはいえ、このように口を極めて批判するのは人間として礼儀に反する。
 nn氏にこのあたりのことがわかるような説明ができるだろうか。
 さらに重要な問題点は、ファッショ的な石原に対して民主主義とくらしをまもる広範な党派を超えた共同の運動を都知事選挙に重要な節目をおいたものとして取り組めなかったことではないか。