日本共産党資料館

どうみるルーマニア問題―事実と経過
国際的な公理にもとづき先駆的でさっぱりした立場をとってきた日本共産党

「赤旗」一九九〇年一月二十九日

 ルーマニアでチャウシェスク政権が崩壊し、ルーマニア救国戦線が最終勝利を宣言して一ヵ月がたちました。この政変にあたって、日本共産党は、不破哲三委員長の談話を発表し、「自由と民主主義を求める人民を武力で押さえつけようとする政権が倒壊するのは、歴史の必然である」として、「ルーマニア人民の勝利であり、わが党は心から歓迎する」と表明しました。また、この間のチャウシェスク夫妻の処刑、ルーマニア共産党非合法化をめぐる動きなどの局面ごとに談話〔別項〕を発表してきました。政変にいたる経過と問題点についても、宮本顕治議長の「赤旗」新春インタビュー、不破哲三委員長のNHK新春インタビューをはじめ、「チャウシェスク政権の変質に日本共産党はどう対処したか」(「赤旗」昨年十二月二十八日付)、立木洋国際委会責任者のインタビュー「ルーマニア問題と日本共産党」(「赤旗」一月十四問題と日本共産党」(「赤旗」一月十四日付)などで解明してきました。

なぜ両党は共同声明を結んだか

ソ連大国主義の押しつけに反対するルーマニア共産党の態度を重視

 今日の東欧問題のなかで明らかになっているように、戦後の歩みで最も大きな問題の一つは、ソ連大国主義の押しつけに反対し、自主的な道を確立する課題でした。ソ連の東欧にたいする干渉は、チェコスロバキア事件のように武力行使をともなう重大な事態のもとで、ルーマニア政権は自主的な態度をとりました。一九六八年にソ連などワルシャワ条約機構五カ国の軍隊がチェコスロバキアを侵略したさいに、同条約機構に加盟していたルーマニア政権は、これに明確に反対し、さらに、現実の危険となっていた外国からの侵略にたいして、ルーマニアの独立と主権を守るために断固たたかうことを同国民によびかけました。これは、ソ連の覇権主義が横行しルーマニアにあらゆる圧力をかけていたもとで、勇気ある自主的な立場であり、当然、同国民の支持と共感をえました。
 また、日本で開かれてきた伝統ある原水爆禁止世界大会が、ソ連、中国の干渉によって重大な困難をかかえていた一九六六年以来、ルーマニアは、それら大国の干渉に一切同調することなく常に同大会に代表を派遣し、核戦争阻止と核兵器廃絶を主張する同大会を支持してきまし廃絶を主張する同大会を支持してきました。
 日本共産党は、ソ連共産党がかれらに同調する内外の勢力を動員し、日本共産党をはじめ自主的な道を歩む党への公然とした攻撃をしているなかで、その覇権主義にたいしてルーマニア共産党がとっている立場に注目し、大国主義に反対するルーマニア指導部の見地を重視したのは当然のことでした。
 こうしたなかでつくられた両党の関係は、一九六六年の日本共産党第十回大会で決定された共産党間の関係の原則にもとづくものでした。決定は、つぎのようにのべています。「われわれは、これまで、いくつかの重要な問題で意見の相違のある外国の党との関係についても、その党が、わが党および日本の民主運動への干渉と破壊をわが党にたいする基本的態度としているものでないかぎり、共通の敵にたいする闘争課題において正しい一致点を見いだし、それにもとづいてできるかぎり共同するために努力するという基本的態度をとってきた」
 一致点での共同は、世界の平和と社会進歩にとって大きな意義をもつものです。その後、宮本顕治議長は、一九七一年と七八年にルーマニアを訪問し、これらの機会に共同文書を発表してきました。これらは、核戦争阻止、核兵器廃絶、軍事ブロックの解体、外国基地の撤去、民族自決権の擁護、新国際経済秩序の創設、他党の分派への支持などをふくめた干渉の中止をはじめとする自主独立、同権、内部問題不干渉という共産党間の公認の原則の厳守、徹底など、世界政治と世界の共産主義運動にとっていずれも重要な文書でした。
 一九八七年四月にも共同宣言を発表しましたが、これは、前回の共同文書後の国際情勢についておこなわれてきた意見交換をふまえ、両党首脳が直接会談することなく、課題も、重要な国際問題に限定して発表したものでした。この文書の作成については、一九八六年八月ルーマニア共産党代表が訪日したさいの会談で、世界の共産主義運動が真に力を発揮すべき問題である核兵器廃絶を柱とする反核統一戦線をめざすことで、ひきつづき意見交換を続けることをきめたのがはじまりでした。その後、日本共産党の代表がルーマニアを訪問し、世界の共産主義運動が当然こたえるべき重要な五つの項目、つまり平和と核兵器廃絶の問題、平和民主勢力の共同の問題、発展途上国が直面している問題、民族の独立と安全の問題、世界の共産主義運動の原則を堅持すべき問題などを確認し、双方で長時間かけて一つひとつの表現を詰め、時には激しい議論をつうじて合意したものでした。この文書の内容は、重要な国際問題についての科学的社会主義の立場と原則に合致した、生命力をもつものでした。これは今日でも積極的な意義をもっています。

天安門事件でのチャウシェスク政権の立場を重大視

わが党は金子書記局長を派遣し率直に誤りを指摘、警告

 チャウシェスク政権は、昨年六月に中国の天安門で平和的な集会やデモをおこなった人民大衆にたいして、中国当局がわえた軍事弾圧を支持しました。日本共産党はこの問題を重視し、これまでに両党間でとりきめた共同文書の内容と精神に反するこの重大な問題を放置せずに、共同文書の当事者という立場からも問題点を積極的に明確にルーマニア側に提起してきました。昨年八月、金子満広書記局長がブカレストを訪問し会談したのは、このためでした。ルーマニア指導部にたいして、直接、率直にこのように提起したのは日本共産党だけです。
 金子氏は、ブカレスト滞在中の八月二十二日、ルーマニア共産党指導部と会談し、そのなかで、七月におこなわれた参議院選挙の結果とその後の情勢をはじめとする日本の情勢と国際問題についてのべました。金子氏は、天安門事件について、選挙のなかで、テレビで朝から深夜まで人民弾圧の模様がくりかえし放映された状況などをのべ、日本共産党が平和的な民主化を要求する人民の運動を武力で弾圧した社会主義に無縁の前近代的な中国指導部の暴挙を断固糾弾する声明を発表し、国会でも明確な態度表明をおこなった見地などを詳しく発言しました。 さらに、中国共産党は、政権は鉄砲から生まれるという見地から、武装闘争を日本におしつけ、それを拒否した日本共産党にたいする乱暴な干渉をおこない、反党分派をつくってきたこと、こうして、中国共産党とは二十二年間断絶状態にあること、中国指導部の申し入れによって、八五年には会談をしたものの、中国側が干渉を認めず、反党分派とも手を切ることを拒否し、会談の継続を約束しておきながら、後になって会談をうちきってきたことなど、中国指導部の重大な問題点をのべました。
 この会談後の八月二十五日、金子氏とチャウシェスクとの会談がおこなわれましたが、二十二日の会談の報告を受けていた彼は「中国の事件のことですが、これは無いほうがよいことであった。中国の同志は、誤りを犯して事件をおこした」とのべました。また同時に、彼は「私は、中国共産党の評価に賛成している。というのは、帝国主義は直接かれらに干渉した。中国共産党の活動に欠陥があり、事件をおこした。だから、われわれの意見では、反革命活動をなくし、正常化のための措置が必要であった」と中国当局の弾圧を支持したのです。
 このように、天安門事件から二ヶ月後、日本共産党は、ルーマニア共産党指導部にたいして、明確で率直に問題を提起して、中国当局の武力弾圧を支持することの誤りを指摘しました。そしてこの会談で、日本共産党とルーマニア共産党の間に重要な問題で見解の相違があるということが明白になりました。その後も中国指導部の立場支持というルーマニア指導部の立場は変わらず、ついに自国で天安門事件を再現するにいたったのです。

ポーランドへの介入のよびかけにたいして

社会発展の法則と民族自決の原則からも許されない

 この間、ポーランドでは六月に選挙がおこなわれ、その結果にもとづいて、八月に「連帯」主導の政府が成立しましたが、これにたいしてルーマニア側は「連帯」を「帝国主義の手先」ときめつけ、それに政権を譲るものだといって、その阻止とポーランド社会主義統一党の権力奪還のためにワルシャワ条約機構の「統一した行動」をよびかけていたことが十月になって報じられました。これは、一度手にした権力は、人民に敵対し人民を抑圧しても保持すべきだというものであり、社会発展の法則と民族自決の原則を無視するものです。同時に、天安門事件での中国指導部擁護に通じる対応でもありました。かつて六八年のチェコスロバキア事件でルーマニアがとった態度とは正反対のものでした。ルーマニア指導部が最近、六八年のチェコスロバキア事件でとった干渉反対の立場にはいっさい言及しないことも目立つ事実でした。日本共産党は、事実を正確に把握するために、赤旗特派員を通じて、ルーマニアの責任ある幹部にこの問題について公式のコメントを求めましたが、ルーマニア側は度重なる問い合わせにたいしても、担当している幹部が病気になったとか、出張中だとかの口実をもうけて、回答を最後まで回避しました。
 こうして、日本共産党は十月二十五日付の「赤旗」で、「ポーランドへの統一した行動をよびかけたルーマニア党の声明、ポーランド、ハンガリー両党が拒否」という見出しで批判的な報道記事を掲載しました。
 こうした経過をへていたので、日本共産党は、十一月下旬に開催されたルーマニア共産党第十四回大会への招待を受け、この問題を検討したさい、大会そのものが重大な問題をはらむことを見通し、大会前にも、代表参加にあたってのわが党の立場をあらかじめ駐日大使を通じてルーマニア党指導部に通告するという異例の措置をとりました。このなかで、日本共産党の天安門事件、東欧問題についての見解も重ねて表明し、今日における内部問題不干渉の原則的見地を表明しました。また、大会へのメッセージ(「赤旗」十一月二十一日付)でも、大会への連帯の表明でなく、その国の将来は民族自決の原則から人民が決めるもので、外部からの干渉は許されないことなど日本共産党の立場を公に表明しました。また、このメッセージでは、日本共産党の「自由と民主主義の宣言」の立場も明確にのべていました。

「社会主義防衛」の名で自分の政権の維持をはかる

ルーマニア党大会にあらわれた変質の進行

 ルーマニア共産党大会には、緒方靖夫幹部会委員が参加しましたが、その機会におこなわれたチャウシェスクとの会談においても、日本共産党の見解をつぎのようにのべました。「私たちは、現在の東欧諸国の事態について、大局的には、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ時代のソ連型社会主義とその覇権主義的押し付けの破たんを示すものであり、ポーランド、ハンガリーでは、チェコスロバキア侵略について、一定の反省がおこなわれていることなど、ソ連型社会主義からの脱却の動きとして意義をもつと考える。もちろん、その過程では、社会民主主義政党化など、そのまま肯定できない複雑な問題がおきていることも無視するものではない。いずれにせよ、天安門事件のように人民の平和的な行動を武力で弾圧することは社会主義のあり方として、われわれはけっして容認できない」こうした発言は、ルーマニアでの党大会での特徴をもふまえたものでした。大会でのチャウシェスク報告の大きな特徴は、「社会主義の防衛」の名のもとに、自分の政権をいかに維持するかを最上の「原則」とする立場に陥っているということでした。天安門事件にあたって確認したルーマニア党指導部の変質の過程が大きく進行したということでした。したがって、国民の幸福や福祉社会進歩の立場からは完全に離反したということです。それは、文字通り、自分の支配体制を守ることに通じるならば、相手がだれであろうが、「社会主義」のためということであり、自分に反対するものは、すべて「反社会主義」「反国家」とする無原則的なプラグマチズムそのものでした。

大いに重視された公明党からの祝辞

チャウシェスク体制の支持表明にルーマニア側が称賛

 こうした立場は、ルーマニア共産党大会にあてられた日本の自民党、公明党の祝辞を自分とその体制への大事な支持の表明としてスクンテイア(ルーマニア共産党機関紙)に掲載していたことにもあらわれていました。チャウシェスクという固有名詞を使い、彼の言葉を引用した公明党(石田幸四郎委員長)からの祝辞は、ルーマニア側から大いに重視されました。公明党の祝辞は、「『社会主義ルーマニアが緩和、平和、世界のすべての国々との協力の利益のためにその解決に積極的に貢献しなかったような問題はないと断言できる』というニコラエ・チャウシェスク大統領の評価に、私たちはもっとも高い称賛の念をいだくものです。ニコラエ・チャウシェスク大統領の主宰する大会の活動が、世界平和の強化ならびに両党、両国、両国人民の間の友好・協力・連帯関係にたいするあらたな貢献となることを確信し、軍縮の分野と非同盟運動にたいしておこなわれてきた崇高な政策を基礎とするあなたがたの平和的イニシアチブが、世界の平和愛好諸国民の心に大きな称賛をよびおこしながらいつまでも持続されるよう希望するものです」(スクンティア十一月二十五日付)とのべていました。
 それにたいして、チャウシェスクという名もなく、根本問題で彼の考えと異なる見解を表明した日本共産党のメッセージは、スクンテイア掲載にあたってズタズタに切り裂かれました。ルーマニア側が掲載にあたって、削除したのは、大国主義や社会主義的民主主義の欠如、官僚主義などの科学的社会主義からの逸脱には成功がないと指摘した部分、日本共産党は日本では、複数政党制や選挙による政権交代は社会主義と矛盾しないと展望しているという部分、ワルシャワ条約機溝は軍事ブロック解体に積極的イニシアチブをとるべきだという表明などでしチブをとるべきだという表明などでした。
 緒方氏は、ルーマニア側にたいして、日本で「共産主義の打倒」のために日夜策動している反動、反共の諸党のメッセージを掲載したことは、世界の共産党のなかでも前代未聞の行為であると厳しく批判し、日本共産党のメッセージの政治的真髄を勝手に削除したことに深い遺憾の意を表明しました。これが政治的理由によるものであったという経過と問題点は、「赤旗」(十二月六日付)に掲載された通りです。
 また、共産党間の関係の公認の原則にそむいて、チャウシェスク体制を支持、称賛してくれるならば、反共主義的勢力とでも手を結ぶだけでなく、ハンガリーでのある小グループと関係をもつなど他党の分派とでも関係をもつという実践と傾向がこの大会でもみられました。他党の内部問題にたいして干渉しないという共産党間の原則は、中ソ対立の時期をふくめ世界の共産主義運動が複雑な過程をへるもとで、ルーマニア共産党が基本的に擁護し、すでにのべたように、日本共産党との共同声明でも繰り返し確認してきたものですが、この点でも変質がみられました。その動機は、自分の気にいる勢力、称賛する勢力ならその相手がどんな存在でもかまわないという立場にたっていることをはしなくも示すものでした。

日本共産党には隠して国際会議を提案

誤りにたいしてズケズケものをいい、批判する党は煙たい存在に

 昨年十一月の大会で、チャウシェスクが提唱した「社会主義の防衛」を主題にした共産党の国際会議の提案は、実は昨年八月の段階で非公式にいくつかの党におこなわれていたものでした。この構想は、「社会主義」をかかげてはいるものの実際には、中国の天安門での軍事弾圧を支持すること、人民の支持を失った権力を軍事力で保持、維持することを主題とする科学的社会主義と史的唯物論の原同則を真っ向から否定するものでした。時に、この構想は、ポーランドで国民が選出した議会によって、非共産党の政府の出現する事態を阻止せよと公然と介入をよびかけるというまったく乱暴な態度を内容とするものでした。
 ルーマニア共産党指導部は、八月以来この構想をすすめながら、チャウシェスクの重大な誤った見解にたいし、その誤りをはっきりと指摘してきた日本共産党からは、支持をえられる成算がまったくないことを知っていたので、十一月に大会の場で公然と国際会議の開催をよびかけるまで、わが党にはなんらの連絡もしなかったのです。
 緒方氏は、大会で提起された世界の諸党の国際会議を、実はポーランドでの「連帯」主導の政府成立が確実になった直後の八月下旬には、支持をもらえそうな党には打診していたことをつきとめ、帰途、その党の一つであったインド共産党(マルクス主義)から詳細を聞くためニューデリーに立ち寄りました。インド駐在ルーマニア大使を通じてよせられたルーマニア党指導部の伝達は、「社会主義の防衛」のための世界の共産党国際会議をよびかけており、その日付は八月二十三日となっていました。この日は、金子書記局長がルーマニアに滞在していましたが、ルーマニア党指導部と直接会談をしていた金子氏にはこうした提案も考えの説明らしきものも一切ありませんでした。
 中国の暴挙を支持する少なくない党にたいしては、ルーマニア側は、いち早く国際会議についての提案を伝え、支持を求めていたのです。軍事力行使とルーマニア人民の自決と意志にさからっても、権力にしがみつこうとする今回の野蛮な行為に通じる考えは、実はこの党大会のなかでの中心問題でした。大会でのチャウシェスク報告は、外国からの「不干渉」をくりかえしよびかけ、チャウシェスク政権にたいする批判や誤りの指摘を拒否するとしながら、実際には、外国への干渉をよびかけるという態度をとっていたのです。  日本共産党は、科学的社会主義の原則に忠実であり、その立場から内政不干渉の原則を貫きながら、国際問題にかかわる誤りについてはズケズケとものをいい、批判もする党です。チャウシェスクらにとって、こういう意見をのべ批判する党は、煙たい邪魔な存在であり、自分たちと見解の近い党やなんでも賛成してくれるいい加減な党の方が重要となっていることを、このことは示していました。
 大会では、ワルシャワ条約機構諸国のなかで軍事ブロックの解消を積極的にかかげていたこれまでの方針はもはやみられず、逆にワルシャワ条約機構内の軍隊をはじめ軍事的協力をすすめるという時代錯誤の方針が打ち出されました。このことは、ポーランドの八月の事態にたいしてチャウシェスクが提起した「統一した行動」の手段が何を意味していたかを裏づける一方、ルーマニアにおいて自分の体制保持にあたっても、軍事力の行使、可能ならばワルシャワ条約機構の軍事力を利用したいという願望を示すもので、歴史に逆行するものでした。

人権問題とチャウシェスクの党大会報告

わが党は正確で確かな裏づけを持つ情報入手に努力

 こうして重大な問題点が大会の進行のなかで明らかになる一方で、大会へのチャウシェスク報告には、「人権と諸国人民の権利について多くの宣言をおこない、しゃべることができる。しかし、核戦争で人命がなくなれば、人権を語ることはできない」という、核戦争と比較するならば人権はたいした問題ではないといわんばかりの驚くべき個所がありました。数人の代議員の発言には、人権とは生きるための権利であり、ルーマニアはこれを完全に保障しているという発言がくりかえされたことも、ルーマニア政権が人権問題を意識していることをうかがわせていました。また、ルーマニア共産党大会取材のためにブカレスト空港に到着したフランス共産党機関紙の記者が文書、資料をルーマニア当局により没収されるという事態も伝えられました。
 緒方氏は、こうした状況下で、ルーマニア共産党の責任ある幹部に、人権問題をどう考えているのか、政治囚はいるのかとただしました。こうしてルーマニア共産党指導部にたいし、明確な回答を求めたのは、人権問題などで日本共産党が態度表明をするさいに、一定の手順をふみ正確さと節度をもってやることが求められたからです。その回答は、「政治囚はいない。わが国には、わが国の民主主義がある。それを外部からとやかく言うことはできない。内政干渉である」というものや「自分の知っている限り、政治囚はいない」というものなど言い回しはいくつかありましたが、いずれも政治囚の存在を否定するものでした。
 さらに人権問題は、国際問題としても明確にものをいうべき性格のものですから、正確で確かな裏づけをもつ情報をえるべく、国連人権委員会の資料、ルーマニア共産党の大会の最中に採択された欧州議会のルーマニア人権問題についての決議の入手をはじめ、その他の資料を入手し、確実な情報にもとづく調査をすすめてきました。
 緒方氏は、帰国後ただちに、日本共産党指導部に、また十二月上旬に開催された幹部会で、また第七回中央委員会総会(発言は、「赤旗」学習・党活動版十二月十七日号に掲載)で、ルーマニア共産党が大きな変質をとげている重大な問題点を報告しました。
 七中総に先立つ十二月六日、宮本議長は、ルーマニア駐日大使をつうじて、ルーマニア共産党指導部に、ルーマニア共産党の提案する世界の諸党国際会議は、社会進歩と科学的社会主義の大義にも反するので反対であると表明した日本共産党中央委員会の書簡を手渡し、七中総にこのことを報告し、これは承認されました。
 日本共産党は、このように共同文書の立場からも重大な逸脱となったルーマニア指導部の天安門事件への対応にたいして率直な提起をおこない、他党に先だって警告してきました。そして、ルーマニア指導部の誤りと変質が明確になるなかで、断固としてきっぱりとした立場をとったのです。

チャウシェスク政権の支持を表明した自民党メッセージ

日本共産党の立場ゆがめるデタラメな攻撃

 こうした日本共産党の立場をねじまげ宣伝がおこなわれています。その代表的なものは、自民党です。自民党は、日本共産党は昨年十一月のルーマニア共産党大会にメッセージを送っておきながら政変が起こると歓迎しているといって、難癖をつけています。
 「自由新報」号外(一月二十日付)は、「共産主義は終わった民主化・自由化にVサイン、東欧の国々によみがえる笑顔」という見出しをおどらせたうえで顔」という見出しをおどらせたうえで「『赤旗」のデタラメに驚く」という見出しで日本共産党を攻撃しています。それは、「赤旗の十一月二十一日付紙上には『ルーマニア共産党同志のみなさん、両党の協力がいっそう前進することを希望します』とのチャウシェスクにあてた熱いメッセージを掲載されている」ところが政変後は「チャウシェスク政権が倒壊したのは歴史の必然」と書いている、「わずか一ヶ月で手のひらを返すようなデタラメぶりには、あいた口がふさがらない」というものです。
 ところが、なんと自民党は、その同じ党大会に「日本自由民主党国際局長大木浩」名で、自らもメッセージを送っているのです。それは、ルーマニア共産党機関紙スクンティア昨年十一月二十五日付に掲載されましたが、その文面は、つぎのようなものでした。

 「ルーマニア共産党が第十四回大会の活動で、これまでの実績をまとめ、将来の構図を描くときにあたり、日本自由民主党からの心からの祝意を表明したいと考えます。両党間の友好関係の確認として、ルーマニアの党と人民に、もっとも熱烈な挨拶を送ります。自由民主党の名において、両党間の交流が国際平和と繁栄の事業への貢献として、ひきつづき発展するよう希望を表明します」

 これは、どう読んでも、チャウシェスク政権の外交だけでなく内政まで、すべてについて支持を表明したものです。自民党は、こうした自分のことは完全に棚上げして、「自由新報」号外までだして日本共産党攻撃に血道をあげているのです。
 東欧の事態は、「共産主義の終わり」でも「社会主義の終わり」でもありません。ソ連の大国主義によって官僚主義的で社会主義的民主主義の欠如した「ソ連型社会主義」が自由と民主化を求める国民の力によって倒されたというものです。したがって、今日の東欧の事態をもって、「共産主義は終わった」とするのは、きわめて短絡した見方です。こうした見方への批判は、日本でも、外国でも少なくない識者によって表明されているところです。
 日本共産党は、ルーマニアの党大会にメッセージを送り、そのなかでルーマニア指導部と意見の異なるわが党の態度を表明しました。政治的見解の異なる部分は、ルーマニア側によって削除され、わが党代表が厳しく抗議したことは、すでにのべた通りです。このメッセージは、「自由新報」が作為的にのべているような、チャウシェスク個人にあてたものではありません。
 この大会で提案された国際会議についても、わが党が直ちに明確な反対を表明し、その書簡を公表し、さらに十二月上旬の七中総での宮本議長の冒頭発言でルーマニアのこのイニシアチブの有害性を明確に指摘したことは、ルーマニア政変前のことでした。
 こうした事実にあえて目をふさぎ、自ら送ったメッセージにも口をふさぎ、「デタラメぶり」を驚いてみせている、その自民党の態度こそが「デタラメ」そのものです。

新政権の発足をいち早く歓迎

重要な問題についてはそのつどわが党の態度を明らかに

 ルーマニアでチャウシェスク独裁政権崩壊後、救国戦線評議会のもとで、新生ルーマニア再建の活動が開始されました。新政権は、民主化の促進、自由選挙の実施などの方針をうちだしていますが、そのなかで、同評議会指導部には、かなりの混乱がみられます。日本共産党は、その発足を歓迎した新政権にたいしても、重要な問題については、事実をふまえ率直に天下の公理にもとづいて態度を明確にしてきました。
 日本共産党は、チャウシェスク夫妻の処刑について、国民の前での公開裁判で裁かれるべきであったと指摘しました。また、大衆集会でのルーマニア共産党の非合法化の要求にたいして、同評議会の一部の指導者たちが、それに同意して決定として発表してしまったことにたいしても、それがルーマニアの今後に禍根を残す決定であるとする立木洋国際委員会責任者の談話を発表しました。また、その二日後、同評議会が性急すぎた決定であったとこれを撤回し、国民投票で決するとしたさいにも、政党の存否を国民投票によって時々の多数決で決めることは政治的民主主義と両立しないとする態度立木談話で表明しました。同評議会は、その後、国民投票でルーマニア共産党の合法、非合法を決めることは民主主義的なルールに反するとして、国民投票にかけることを中止する決定をおこないました。
 救国戦線評議会は、これらの決定をおこなうにあたって、国内外の反響を考慮したとのべていましたが、天下の公理、国際的な公理が生命力をもっていることを示しています。