日本共産党資料館

イラク軍は直ちに撤兵せよ

一九九〇年八月二日 日本共産党佐々木陸海国際委員会責任者の談話

 石油と領土をめぐる紛争を口実に対クウェート国境に大量の兵力を集結させていたイラク軍は二日未明(現地時間)、クウェートに侵攻し、首都を攻撃した。この侵略行為は、中東はもちろん、世界の平和と安全にとって重大な脅威である。
 日本共産党は、国家間の紛争問題を武力行使で解決しようとするイラクの行動を断固非難し、イラク側がただちに侵略行為を停止し、クウェート領から撤兵することを強く要求する。

(「赤旗」一九九〇年九月七日)

イラク問題の解決と日本がはたすべき役割

一九九〇年九月六日 日本共産党中央委員会常任幹部会

 イラク問題にいま、世界が憂慮を深めている。この問題の公正で敏速な解決は、現在の世界のもっとも緊急で重要な問題の一つとなっている。そして、その解決のために日本が果たすべき役割も問われている。

  イラク問題の根本と解決の基本

 イラクのクウェート侵攻・「併合」は、いかなる理由をもってしても正当化できない覇権主義的侵略行為である。国際社会に認められた独立国を武力によってまるごと「併合」するなどという暴挙が絶対に許されないことは、あまりにも明白である。
 イラク・フセイン政権は、クウェート政権の反動性をその侵略・「併合」の理由としたり、問題をパレスチナ問題の解決と結びつけて、国際的批判をかわそうとしている。しかし、クウェートの政治体制の問題は、クウェート人民が解決すべき問題であり、他国の人民にかわって他国の政権を打倒するなどということは、民族自決権をふみにじる覇権行為そのものである。また、みずからの野蛮な侵略行為をパレスチナ問題というまったく別個の問題によって合理化しようというのも、問題外の奇弁である。
 しかも、フセイン政権は、国際的な糾弾に対抗して多数の外国人を「人質」にとるなどという暴挙まで重ねている。
 先のイラン・イラク戦争も直接的にはイラクの攻撃から始まったものであり、フセイン政権の覇権主義はすでに長期にわたるものである。今回の蛮行がこのまま放置されるようなことになれば、民族自決権をじゅうりんするこの種の覇権行為の横行を世界が許すことにもなる。国際社会は、世界平和をふみにじるイラクのこの覇権行為を絶対に容認してはならないのである。
 問題の解決は、イラク軍の全面撤退、クウェートの主権と領土の回復以外にはない。「人質」の即時解放は、いうまでもないことである。世界の平和と民族自決の擁護をねがうすべての勢力は、イラクの侵略に断固として反対し、国際的な世論と運動で包囲し、覇権主義の勢力を孤立させ、彼らがその侵略行為を中止し、クウェートの主権が回復されるまで、国際的なあらゆる努力をつくす必要がある。

  日本が堅持すべき二つの原則

 イラクの侵略に対処するうえで、日本がいかなる貢献をなすべきかが問題になっているが、この問題で重要なことは、日本の国民と政府が、つぎの二つの原則を確固として堅持することである。

 (1) 国連を中心にその平和維持機能の積極的発揮を

 第一は、国連が、世界の平和維持の主役として、イラク問題の解決のためにもき然としたイニシアチブを発揮すること、日本政府がそのために積極的に行動し、働きかけることである。
国連は、軍事ブロックの対抗関係によっておこった二つの世界大戦の反省にたって、すべての国が参加する集団安全保障体制を確立し、いかなる軍事同盟もない世界をめざすことを根本精神として誕生したものである。国連は、今回のような危機的な事態にさいしてこそ、そうした創立当初の精神にたって、国際世論の喚起、侵略者への制裁など、可能なあらゆる分野、可能なあらゆる手段で、その積極的役割を最大限に発揮すべきである。戦後の現実の国際政治のなかでは、冷戦中に国連創立の精神に反して生まれた相対立する軍事同盟の体制が支配的となったために、非同盟諸国運動などの年来の努力にもかかわらず、国連の積極的な役割はきわめて不十分にしか発揮されてこなかった。いま、国際情勢の新しい展開のもと、軍事同盟の解消をもとめる国際世論や運動が新たなたかまりをみせつつあるとき、国連が創立当時の初心にたって、世界平和保持の機構としての役割を発揮する道を積極的に探究することが、急務である。

 「多国籍軍」とはなにか

 その点でいま明確にしておく必要があるのは、現在、アメリカが中心となってすすめている「多国籍軍」なるものが、国連の正規の軍事行動とはまったく別個のものであるということである。
 国連憲章の立場からすれば、侵略国にたいする制裁に軍事力を用いるには、国連の正規の機関である安全保障理事会が、軍事力の行使以外の措置では不十分だと認め、「国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとる」ことが、基本的な条件となる下(第四二条)。
 ところが、「多国籍軍」なるものは、第四二条にもとづくものではないし、国連で認知された統一の司令部をもっているわけでもない。それは、アメリカの事実上の指揮下に一連の諸国の軍隊が参加しているものであって、いかなる軍事行動をとるかの決定権も、事実上アメリカ政府が握っている軍隊である。すなわち、それは、国連の集団安全保障機能にもとづく軍事力の行使とはまったく本質を異にするものであり、アリカを中心とする特定の国家グループの軍事行動であるという点で、いわばイラク問題での軍事同盟的な対応にほかならない。
 侵略者イラクへの糾弾と対イラク経済制裁の実行という「多国籍軍」の一般的な政治方向が、国連決議と大局的に一致するからといって、あるいはまた、「多国籍軍」がイラクの侵略にたいする制裁という前提にたつからといって、「多国籍軍」なるものを国連の組織と同一視したり、その行動のすべてを国連決議によって権威づけたりすることは、あきらかなまちがいである。
 八月二十五日の国連安全保障理事会で採択された決議六六五は、「多国籍軍」のイラクにたいする軍事行動一般を容認したものではなく、まして「多国籍軍」を「国連軍」としてイラクへの軍事的制裁の権限をあたえたものなどではまったくない。決議六六五は、イラクへの経済制裁実施にあたって必要となるかもしれない、個別の状況にふさわしい措置」、すなわち個々の船舶の臨検などにあたっての必要最小限の実力行使を容認したものに過ぎないのである。

 国連の積極的イニシアチブを

 国連は、イラクのクウェート侵略・「併合」問題の公正で敏速な解決のため、その憲章によって付与されているあらゆる権能をいまこそ発揮し、き然としたイニシアチブをとるべきである。その立場にたちさえすれば、国連としてなしうることは少なくない。

 ① イラクの無法行為を国際的に包囲してゆくための国際世論の喚起――フセイン政権が前述のように国際的非難をかわそうとしてきまざまな奇弁をろうしていること自体、非難・糾弾の世論が有効であることをしめしている。イラクを包囲糾弾してゆく世論と運動こそ、事態解決の大きな土台である。国連の非政府組織(NGO)などの活動の重視もふくめて、国連がイニシアチブをとることがもとめられる。とくに、アラブ諸国の世論の一致をはかるために努力することが、イラク包囲の強化のために重要である。
 ② 経済制裁をより実効あるものにするための諸措置――イラクの食糧の八割近くが輸入であり、経済制裁は一定の効果をあげはじめている。しかし、他方、空陸をつうじた封鎖やぶりが増加するなどの問題も生じている。わが党は、きわめて危険な空の軍事封鎖の実行などを主張するものではないが、周辺諸国の協力をいっそう強化することをはじめ、経済制裁をより実効あるものにするための多面的イニシアチブの発揮がもとめられる。
 ③ イラク制裁の強化と結びつけて、経済制裁によって打撃をこうむっている周辺諸国への経済援助、イラク、クウェートからの難民救済のための措置などをすすめることも重要である。
 ④ これらの措置を全面的に強化しつつ、結集した世論を背景に、イラク当局にたいする断固とした働きかけを、国連が主体となってくりかえしおこなうべきである。日本政府は、国連がこうしたイニシアチブを全面的に発揮し、それを強力に展開できるよう、政治的・経済的・外交的な努力をつくすべきである。

 (2) 日本の国連協力は軍事的分野で

 第二に重要なことは、日本として国連の行動に協力するにあたっては、第九条をはじめとする日本国憲法の平和的原則にそって、協力行為を非軍事的な分野に限定しなければならないということである。
 侵略国にたいする国連の制裁行為には、非軍事的な制裁と軍事的な制裁がある。わが党は、さまざまな侵略に対処するにあたって、国連が軍事的な制裁の権利行使を余儀なくされる場合がありうることを、一般的には認めるものである。もちろん、そのさいも、国際世論の喚起や経済的その他の非軍事的な制裁を背景に、まず第一に事態の平和的解決に最大限の努力をつくさなければならないことは、当然である。とくに、現在の事態にかんしていえば、国際・国内の世論の動向をみても、圧倒的多数が軍事衝突の回避、平和的解決を望んでいることはあきらかであり、安易な軍事的対応に走るのではなく、この世論にこたえて努力をつくす必要があることを、強調しなければならない。
 同時に、日本としては、第九条の規定をふくむ憲法をもっている条件のもとで国連への加盟を認められた国として、国連の制裁行動への参加の範囲が、憲法のこの条項によって制限されていることは、国際的にも自明の道理である。日本は、その対外活動においても、憲法の原則を厳格に順守すべきであって、国連の制裁行為への協力は、非軍事的な分野にかぎるべきである。

 政府・自民党の対応の重視すべき誤った方向

 イラク問題にたいし、政府・自民党の対応は、以上の二つの原則問題できわめて重視すべき誤った方向をとっている。  一つは、「多国籍軍」の活動を、国連の行動と事実上同一視し、それへの協力を、無条件に日本の基本方針としていることである。もう一つは、この協力行為において、軍事の分野にもふみこみ、さらには、自衛隊の派遣まで日程にのぼせつつあることである。これは、憲法の平和的原則をふみにじるものであると同時に、イラク問題を契機に日米軍事同盟のいっそう危険な変質をはかることにほかならない。

 「多国籍軍」への協力を基本とする政府の「貢献策」

 政府が先に決定したイラク問題への「貢献策」なるもの六項目のうち、四つまでは「多国籍軍」への援助・協力であり、輸送、物資、医療などの各面での協力にくわえて、十億の資金援助まで約束した。「多国籍軍」に直接かかわらないとされる他の二項目―周辺諸国への援助も、伝えられるところによれば、米政府との協議のもとにすすめられようとしている。
 すでにみた「多国籍軍」の性格からいって、これらの協力は、国連への協力・支援とはまったく異なるものであり、これを日本の対応の基本とすることは、国連中心の対応でなく、まさに旧来の軍事同盟型の対応にほかならない。それは、日本政府の「国連重視」の言明とは両立しえないものである。
 「貢献策」なるものはまた、「多国籍軍」への協力であること自体によって、必然的に軍事的性格をもたざるをえないものである。連日の報道でもあきらかなように、「多国籍軍」は、イラクにたいする直接の軍事行動を目的として展開されている軍隊であって、その軍隊の展開や行動を支援するあらゆる活動は、軍事行動と分かちがたく結びついており、そこから「非軍事的」なるものを区別することなどできようはずがないのである。
 憲法第九条は、「国際紛争を解決する手段として」の「武力による威嚇又は武力の行使」を「永久に放棄する」と宣言している。「多国籍軍」への支援は、特定の国家グループによるこうした「武力による威嚇又は武力の行使」に協力するものであって、この憲法の規定に明確に違反するものである。この点からいっても、政府の「貢献策」は憲法違反の誤った方針である。

 日米軍事同盟のいっそう危険な変質につながるもの

 重大な問題は、「多国籍軍」への協力という自民党政府の方針が、日米軍事同盟のより危険な変質をはかる意図と結びついていることである。
 わが党が早くから指摘してきたように、アメリカの政軍首脳部は、ソ連のゴルバチョフ政権との「接近」という新しい状況のもとで、アメリカ主導の軍事同盟体制の維持・強化をはかるために、こんご志向する新たな重点的な方向として、アメリカとその軍事同盟が第三世界で「世界の憲兵」の役割を果たすことを強調してきた。日本がこの新しい戦略構想に組みこまれるとすれば、それが、日米軍事同盟の新たな危険な変質――アメリカの指揮のもとに世界の地域紛争に介入する軍事同盟体制への変質――を意味することは明りようである。日米安保条約は、少なくともその条文上は、他国の直接の侵略から日本を「防衛」することを唯一の根拠として結ばれたものであり、第三世界での米軍の軍事行動への参加はもちろん、それに協力することは、安保条約のもとでさえ否定されていることだったからである。
 現在、アメリカが中東で果たそうとしているのは、あきらかに中東における「世界の憲兵」の役割である。もちろん、わが党は、イラクのクウェート侵略の直後、アメリカがサウジアラビアの要請に応じて同国の防衛の目的をかかげて軍隊を派遣したとき、これを非難する態度をとらなかった。イラクの覇権主義的な侵略行為が歴然たるものであり、それがさらに周辺諸国をおびやかしている状況のもとで、そういう防衛行動をおこなうことは、それ自体としては、一定の根拠があった。アメリカの軍事行動だからといって、ベトナムやグレナダ、パナマへの侵略行為と同一視し、これに一律の非難をくわえるなどは、わが党のとるべき態度ではないからである。  しかし、このことは、アメリカがそういう防衛行動の範囲をこえ、あたかも国連にかわってイラクにたいする軍事的な制裁権をもつものであるかのように行動することを、容認するものではない。ましてや、こんご世界でおこりうるさまざまな地域紛争にたいして、アメリカが「世界の憲兵」として行動することを、正当化するものではけっしてない。国際的な軍事的制裁権の実行は、国連がその正規の決定によってそういう措置をとる場合にかぎられるのであって、アメリカに、国連にかわって「多国籍軍」を指揮しての軍事的制裁権があたえられているわけではないことを明確にすることは、いまとりわけ重要な点である。
 わが党は、イラク問題で、アメリカが国連を代行するかのような装いで、軍事的な制裁権を行使することにたいし、世界と中東の平和の展望とも関連して、つよい批判を表明するものである。中東派遣の米軍をさらに増強しつつ、ベーカー米国務長官は、九月四日の米下院外交委員会で、イラク問題解決の後も米軍をここに居座らせる意図さえ公言し、中東地域に新しい軍事同盟をつくる構想もあきらかにしている。
 こうしてアメリカ指揮下の「多国籍軍」への日本の協力が、当面するイラク問題への対処策という範囲にはけっしてとどまらないで、「世界の憲兵」役を買ってでての軍事同盟体制の再編というアメリカの戦略構想に日本が参加する一歩となることを、重大視しなければならない。それは、日米軍事同盟の機能を世界的規模に拡大し、日本があらゆる地域紛争にアメリカの指揮のもとに参加・介入するという体制づくりにつながるものである。日本共産党は、この意味からも、「多国籍軍」への協力・支援という政府の方針の撤回を要求するものである。

 自衛隊の海外派遣とそれにつながる立法措置に反対

 さらに重大な問題は、自民党政府が、以上のような方向を推進しつつ、国連への協力の名のもとに、新たな立法措置を急いですすめようとしていることである。小沢幹事長や金丸元副首相らの発言からもあきらかなように、その中心的なねらいは、自衛隊法の改定や憲法の改悪によって自衛隊の海外派遣を可能にすることである。これは、イラクの事態を悪用して、日本軍国主義の復活・強化というまったく別の危険に足をふみ入れようとするものである。わが党は、「国連平和協力法」制定や自衛隊法改定をふくめ、政府・自民党が準備している立法措置に断固反対する。
 政府・自民党のねらいにそって、イラクをめぐる事態のなかで、あたかも世界の各国が日本にたいして「大国」にふさわしい軍事的対応――結局はなんらかの形での自衛隊の派遣につながる対応をもとめているかのようなキャンペーンもおこなわれている。
 しかし、現実にこのような要求をしているのは、アメリカ、イギリスなどごく少数の政府である。経済大国となった日本が、現憲法の平和条項そのものを改悪したり、自衛隊法の改定・憲法解釈のいっそうの改悪などによって、自衛隊の海外派遣を可能にすることは、世界の歓迎をうけるどころか、世界の不安をひろげるであろう。現に広範なアジア諸国・諸国民は日本の軍事大国化に深刻な懸念を表明しつづけており、今日のイラクの事態を利用した自衛隊の海外派遣の動きにたいしてもきびしい批判の声があがっている。
 自衛隊はその存在そのものが憲法違反であるが、日本独占資本の経済的な対外進出、アジア諸国などへの経済的な支配が拡大しているなかで、アメリカの世界戦略への従属のもと、その自衛隊がさらに海外に派遣されるような事態になれば、それ自体がアジアと世界の平和への新た重大な脅威になることは、確実でる。それは、かつての侵略戦争への深い反省にたつ日本国憲法の平和的条文・条項の精神にも、また国連の根本精神にも反することである。

  世界の大きな転機にあたって

 東欧の激変ともかかわって、軍事ブロックの対抗という国際政治の枠組みが大きく変わりつつある。を中心とする軍事ブロックは、ソ連指導者の思惑とは無関係に、事実上解体の道をすすんでいる。西側軍事ブロックも、「ソ連の脅威」という長年の標的を失って、存立の根拠を問われる状況が生まれている。そのなかで、国連も、安全保障理事会におけるイラク問題での一致した制裁決議にみられるように、集団安全保障機構としての機能を発揮しうる新しい可能性が生まれている。
 こうした新しい情勢のもとで、世界の平和と安全をまもるためにどういう道を選ぶべきなのか――これまで通り、軍事ブロックと核兵器に固執する道をすすむのか、それとも軍事ブロックの解体、核兵器の廃絶を率先してすすめ、非同盟・中立・非核の世界、国連を中心に真の集団安全保障体制の確立された世界をめざしてすすむのか、イラク問題をめぐってこの選択がきびしく問われている。
 イラク問題への対応は、このような世界の大きな展望とも直接かかわる、きわめて重大なものとなっている。アメリカの圧力のもとで、「多国籍軍」という特定の国家グループへの支援、軍事同盟型対応を優先させる政府・自民党の立場は、まさに軍事ブロック固執の立場と一体のものであり、世界の平和の流れに逆行するとともに、日本の進路を大きく誤らせる道である。
 いま日本にもとめられているものは、国連が真の集団安全保障体制の機構としてその積極的役割をいかんなく発揮するよう、諸国民と力をあわせて全力をつくすことである。日本共産党は、そのために国民とともに奮闘するものである。

(「赤旗」一九九〇年九月七日)