日本共産党資料館

科学的社会主義の世界的な運動の発展のために――日本共産党の見解

一九九一年十二月六日 日本共産党中央委員会常任幹部会

   (一)

 ソ連共産党の解散が声明されたとき、日本共産党は、常任幹部会の声明(一九九一年〕九月一日)のなかで、これを覇権主義の党の解体とし歓迎するとともに、それが、世界の共産主義運動の前途にとって、大局的には、新しい発展への歴史的な画期となりうることを指摘した。

 「世界の社会主義の代表者のような顔をしながら、社会主義の立場とはまったく無縁の大国主義・覇権主義の害悪を流しつづけてきたソ連共産党が解体するということは、世界で科学的社会主義の立場を堅持してすすもうとする勢力への妨害物がなくなるという点で、世界の平和と社会進歩の勢力にとっても、日本共産党のたたかいにとっても、巨大なプラスをもたらすものである。これは、世界の共産主義運動の前途にとって、大国主義・覇権主義とそれへの追従の誤りから解放されて、大局的には新しい発展をかちとる条件と可能性をきりひらく歴史的画期となりうるものである」

 もちろん、こうした発展への条件は、自動的にかちとられるものではない。これまでの誤りが長期にわたりまた重大であっただけに、世界の多くの国ぐにで、あらたな発展への模索とともに、深刻な混迷や混乱の状態がつづいている。
 日本共産党は、十月の第二回全国協議会で、世界の科学的社会主義の運動が、今日の時代を、これまでの運動を主体的に再検討する絶好の機会とすることへの希望を表明した。覇権主義の党・ソ連共産党の解体によって生まれた歴史的な情勢を、世界の共産主義運動の健全な刷新と発展のために生かすためには、この主体的な再検討の中心問題として、少なくともつぎの三つの基準をふまえての意識的な努力が不可欠であることを指摘するものである。

   (ニ)

 その第一は、覇権主義およびそれへの追従のあらゆる傾向を、根本的に清算することである。
 社会主義のような顔をしながら覇権主義の政策と行動をとってきたのは、ソ連共産党だけではない。中国が「文化大革命」として強行した覇権主義の大きな害悪の歴史的克服も、国際的な重大問題である。同時に重視する必要があるのは、世界の共産主義運動のかなり大きな部分で、ソ連などの覇権主義への追従の誤りがおかされ、それが覇権主義の国際的な横行を助け、その国の運動の自主的で健全な発展をそこなう役割を果たしてきたことである。覇権主義とそれへの追従という、科学的社会主義の運動とはほんらい無縁なこうした関係の根底に、多額の秘密資金がソ連共産党からあれこれの国の党に提供されるという金権的なつながりまであったことが、ソ連共産党の解体後に、内部的な秘密資料の公表によって具体的にあきらかにされた。このことは、共産主義運動の国際的なこんごの発展にとって、とりわけ重大な問題を提起している。
 科学的社会主義の党と運動が、自主的で健全な刷新と再生の条件をかちとるためには、各国の主権をおか運動の自主性をそこなういかなる覇権主義の政策と行動にたいしても確固とした態度をとること、とくに科学的社会主義の事業とは絶対に両立しえない根本的な誤りとして、これを糾弾する立場を政治的にも理論的にも確立することが、もとめられる。そのさい、ソ連共産党その他に財政的な依存関係におちいり、そのことにも制約されて、ソ連覇権主義への追従的な傾向をとってきた党や運動が、これらの問題を再検討し、これまでの誤りの歴史的な清算にとりくむことは、それぞれの国で科学的社会主義の運動の道義的・政治的信頼を回復するうえで、決定的な問題の一つとなることを、率直に指摘しなければならない。

   (三)

 第二の問題は、ソ連・東欧での破たんを、科学的社会主義の事業そのものの崩壊・破たんとしてえがきだす「共産主義・社会主義崩壊」論に同意することなく、これと明確に一線を画することである。
 日本共産党は、昨年の第十九回党大会でも、その後のさまざまな時期に発表した見解においても、ソ連・東欧で崩壊したのは、科学的社会主義から逸脱した覇権主義と官僚主義・命令主義の体制であって、科学的社会主義そのものの破たんではないことを一貫して強調してきた。ソ連の十月革命以後の歴史においても、レーニンが指導した時期と覇権主義・命令主義の道に転換したスターリン以後の時期とを厳格に区別することの重要性を、歴史の事実にもとづいて全面的に解明してきた。
 これに反して、これまで社会主義者としての立場をとってきた党や運動のあいだにも、ソ連・東欧の覇権主義や命令主義の根源をレーニンあるいはマルクスの理論と実践そのもの基本的にもとめる立場が、一部でとなえられている。この立場の誤りは、マルクスもレーニンも「人民が主人公」の民主的体制をこそ一貫して追求の目標としてきたこと、またソ連が覇権主義の外交路線にいつふみだしたかの歴史――レーニンは近隣諸国の民族自決権を厳格に尊重して国際的に道義的信頼をかちとったのにたいし、スターリンがそれを根本的に転換させてバルト三国や千島・歯舞(はぼまい)・色丹(しこたん)などの併合を強行した――などをふりかえっただけでも明白である。
 マルクス、エンゲルス、レーニンがどんなに偉大な科学的社会主義の先達であっても、彼らの理論と実践が、歴史的な制約をまぬかれないことは、当然である。日本共産党は、マルクス、レーニンの言動のすべてを不動の金科玉条とする教条的な態度は、きびしくしりぞけてきた。一九七六年の第十三回臨時党大会において、それまでの「マルクス・レーニン主義」の呼称をあらためて、それ以後「科学的社会主義」として自己の立場を表明してきたのは、そのためでもあった。しかし、科学的社会主義にそむいたスターリン以後の誤りの責任を、レーニンやマルクスらに負わせる議論は、歴史的事実に反するものであり、それは、スターリンなどの誤りを免罪するにとどまらず、ソ連・東欧につくりだされた覇権主義・命令主義の体制を、科学的社会主義の学説と事業の必然的な産物だとすることによって、「共産主義・社会主義崩壊」論の反動的キャンペーンに直接手を貸すことになる。こうした誤った議論に反対して、科学的社会主義の事業を擁護する立場を確固としてつらぬくところに、今日、科学的社会主義の運動と党がふまえるべき基本問題の一つがあることを重視すべきである。

   (四)

 第三の問題は、今日の世界および自国の社会が提起している諸問題にとりくむにあたって、科学的社会主義の学説を活動の生きた指針として、社会の法則的な発展を促進する立場をつらぬくことである。
 科学的社会主義はなによりもまず世界観であり、その大局的な真理性は、一世紀半にわたる歴史と人間知識の発展によって、実証されている。とくに社会発展の理論――史的唯物論は、人民の運動の進路と前途をしめす「導きの糸」として、社会進歩の事業の不可欠の羅針盤である。それはいうまでもなく、紋切り型の教条としてではなく、具体的情勢に応じる実践の科学的指針としてである。
 これまでの体制が崩壊状況にあるソ連・東欧においても、崩壊したのは、科学的社会主義からの逸脱を特質としたゆがんだ体制であり、科学的社会主義の破たんをしめすものではない。これらの国ぐにでは、こんご、長期にわたる曲折や模索、さまざまな試行錯誤は避けられないだろうが、歴史はここでも、真に人民多数の利益にそった社会的前進が、資本主義への復帰の方向にはありえないことを実証し、自主的で健全な社会主義の再建の道を探究することこそが、その社会と人民の切実な要求となる状況を、やがては生みだすであろう。
 資本主義の国ぐにでは、ソ連・東欧が崩壊したからといって、「資本主義万歳」論が通用する状況にないことは、アメリカでもヨーロッパでも、そして日本でも、いっそう痛切な事実と体験にもとづいて、多くの人びとの実感となっている。そこでもとめられているのは、資本主義の搾取や抑圧を人民多数の利益にたっ現実的に打開してゆく運動であり、科学的社会主義の理論にもとづいた党なしには、社会の法則的な発展を促進するこうした運動の有力な成長と発展は、不可能である。
 現在、いくつかの国では、これまでの共産党の主流が、ソ連・東欧の体制的な崩壊から、科学的社会主義の学説を否定したり、せいぜい、参考とすべき多くの思想の一つという程度のあつかいで、科学的社会主義の世界観を事実上放棄するなどの傾向が、ひろまっている。イタリア共産党は早くからこの道を選んだし、ソ連共産党が、解体の直前に中央委員会総会で採択した新綱領草案も、科学的社会主義の世界観の放棄を特徴としていた。どのような口実をつけようと、これは、資本主義体制の現状に自分を順応させる変質と転落の道にたつことであり、社会進歩の先頭にたち、社会発展の促進者としての歴史的な役割を完全に捨てさることにほかならない。

   (五)

 日本共産党は、この三十年間、世界の共産主義運動の波乱と激動のなかで、これら三つの基準を一貫して党の理論的・政治的な立脚点とし、その路線と活動を発展させてきた。日本共産党は、いま、ソ連・東欧の体制的な崩壊やソ連共産党の解体など今日の世界的な激動のなかで、いささかのゆるぎもみせず、確固とした見解と展望をしめすことによって、国際的な注目と共感をえている。それも、根本的にいえば、わが党が、科学的社会主義の党として、これらの基準を党の路線と活動の全体につらぬいてきたからである。
 ソ連覇権主義の解体は、すでに世界情勢に平和と民族自決の事業の前進に役立つさまざまな重大な変化を生みだしている。それだけに、科学的社会主義の運動が、ソ連覇権主義の支配にともなうこれまでの否定的な制約からぬけだし、ひらかれた新たな発展の可能性を現実のものとする努力が、国際的にとくにつよくもとめられる。まさに世界の共産主義運動、共産主義者が、科学的社会主義の原則に立脚して、積極的、主導的に世界にはたらきかけ、各国で自主的に社会発展の促進者としての役割を果たすべきときである。  日本共産党は、ここに提起した三つの基準は、世界の共産主義運動が歴史的な要請にこたえ、科学的社会主義の運動としての自主的発展の方向を探究するさいに、避けるわけにゆかない問題であることを確信している。
 日本共産党は、世界の共産主義運動の前途については、こうした基準展望をもっているが、この問題での立場や意見の相違が、当面の国際的諸課題、とりわけ核兵器廃絶、軍事ブロック反対などの諸課題での国際的な共同をさまたげるものでないことは、いうまでもない。むしろ、歴史的巨悪であったソ連覇権主義の破産は、共同への妨害物がなくなったという点で、これらの課題にもとづく反核平和の共同行動を広範に発展させうる現実的な可能性をかつてなく大きくしている。この共同は、激動する世界情勢に積極的にはたらきかけて、世界平和への大道をきりひらくうえで、きわめて重要な緊急の任務である。
 日本共産党は、反核平和運動の分野などでの広範な国際的共同の実現とその強化にひきつづき努力しつつ、世界の共産主義運動が、科学的社会主義の真価を発揮する新たな発をかちとるために、必要な努力をつくすものである。

(「赤旗」一九九一年十二月七日)