日本共産党資料館

「納税者憲章」の提案
人権無視の強権的徴税をやめさせ、「国民が主人公」の税務行政と税制を実現するために

一九九二年二月十四日 日本共産党

 日本共産党は二月十四日、上田耕一郎副委員長(参院議員)が国会内で記者会見し、「『納税者憲章』の提案――人権無視の強権的徴税をやめさせ、『国民が主人公』の税務行政と税制を実現するために」との提言を発表しました。会見には、佐々木憲昭経済政策委員長、小泉初恵市民・住民運動・中小企業局長が同席しました。「納税者憲章」の提案の全文はつぎのとおりです。

 発表にあたって

 消費税にたいする国民の根づよい怒りとともに、いま、税をめぐってもうひとつの大問題があります。税務署による人権無視の税務調査や強権的な徴税攻勢です。
 「任意調査」とは名ばかりで、仕事のつごうも聞かず通知もしないで税務調査に訪れ、権力をふりかざしてタンスやハンドバッグのなかをあけさせる、女性店主の入浴中に居宅にあがりこみ、バスタオルをまいただけのこの女性に三十分以上も調査をせまるなどという、とんでもない事件があいついでいます。入院給付を受けている業者の命の糧である生命保険を差し押さえて解約し、その返戻金を滞納額に充当するという人道上許されない事件も発生しています。業者も農家も、有無をいわさぬ一方的な推計課税で事実と異なる修正申告に泣く泣くハンコを押させられ、少なくない人びとが営業に重大な損害をこうむっています。自殺においこまれた人さえあります。
 憲法によって国民は納税の義務を負うとともに、主権者として適正かつ民主的な税務行政を要求する当然の権利をもっています。税務署がいばって国民が小さくなるのでは、悪代官が庶民を泣かせる時代劇の話とかわらないではありませんか。とりわけ申告納税制度は、戦前の天皇主権時代の賦課制にかわって、国民主権にふさわしいものとしてうちたてられた、戦後税制の民主的原則の重要な柱をなすものです。その形骸化は断じて許されません。源泉徴収制度という戦時税制の遺物が、労働者・サラリーマンから申告納税の権利さえ事実上奪いさっていることも大問題です。
 国税庁・税務署はこんな主権在民に反する異常な徴税攻勢を、八〇年代の半ばからとみにつよめてきました。それは、自民党政府がアメリカと財界の要請にこたえ、「国際貢献」の名による大軍拡と戦略援助の増額をすすめ、自衛隊海外派兵の道をひらくことに懸命になりだしたことと軌を一にするものです。消費税強行による大増税と裏腹の関係をなすものです。国民の力をあわせて、この攻撃をはねかえすときです。
 一九七〇?八〇年代、欧米諸国の国民は、強権的徴税にたいするたたかいで、あいついで「納税者の権利」を制度的に保障させました。アメリカの「納税者の権利章典」、フランスの「税務調査に関する憲章」、イギリスの「納税者憲章」、カナダの「納税者の権利宣言」などです(アメリカ、フランスは国会で法制定、カナダ、イギリスは政府が制定)。OECD(経済協力開発機構)二十四カ国中、なんの措置もとっていないのは日本など四カ国だけです。日本ほど、「取る側の論理」が優先され、徴税手続きが税務当局の恣意にまかされている国はありません。すでに国内でも、全国商工団体連合会や自由人権協会などが納税者の権利保障にかんする独自の提案を発表し、税理士、弁護士などの運動もひろがっています。いまこそ、納税者の権利を明記した憲章(基本法)を国会に制定させ、税務行政においても「国民が主人公」をうちたてようではありませんか。
 日本共産党は、ここに「納税者憲章」(草案)を提言し、ひろく国民的な討議と運動をよびかけるものです。

 納税者憲章(草案)

  前文
 国民が主権者であり、国民は個人として尊重されるという日本国憲法の根本原則は、権力行政にかたむきがちな税務行政分野において、とりわけつらぬかれなければならない。この憲法の精神に反した人権無視の強権的徴税は、国民に多大の苦難をもたらすものであり、あってはならないことである。
 憲法第三〇条および第八四条が租税法律主義を明記し、同第一三条および第三一条が行政における適正手続きを要請しているにもかかわらず、課税・納税手続きにおける国民の権利が具体的に保障されていない現状は、ただちにあらためられなければならない。  よって、ここに納税者憲章を制定し、納税者たる国民の権利の前進に寄与するものである。
第一条 すべて国民は、誠実な納税者として丁重に遇されなければならない。
 税務当局は、この憲章に定める権利を納税者に告げなければならない。

 各国の立法例にならい、基本的な考え方をのべた、いわば総論です。アメリカ内国歳入庁(日本の国税庁)は「納税者としてのあなたの権利」という文書を作成し、納税者に配布しています。そこには「あなたは納税者として内国歳入庁の職員から思いやりと配慮のある取り扱いを受ける権利があります」「内国歳入庁の職員は常に納税者としての権利をあなたに説明し、それらの権利を保護することになっています」と書かれています。
 なお、納税者が丁重に遇されるためには、税務労働者に所属組合や思想信条による差別の禁止、労働基本権をはじめ民主的権利が同時に保障されなければなりません。

第二条 すべて納税者は、みずから税額を計算し、申告によって税額がきまることを原則とする申告納税の権利を有する。
 申告は、具体的な反証がないかぎり、誠実かつ正確なものとみなされる。
 労働者・サラリーマンの税制は、申告納税と源泉徴収の選択制とする。

 「納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則」(国税通則法第一六条)とする申告納税制度は、主権在民の見地にもっともふさわしいものです。その形骸化がすすめられている今日、あらためて申告納税制度を税務手続きの一般的原則として宣言し、税務行政のうえでつらぬくようにします。青色申告の承認の取り消しが税務署長の恣意的な判断にゆだねられていることは、申告納税制度の原則に反するものです。
 フランス・イギリスの「憲章」、カナダの「宣言」は、「納税者は、不実と信ずるに足りるだけの理由(仏は証拠)がある場合を除き、誠実であるとの推定を受ける」と明記しています。納税者を頭から信用しないのは日本ぐらいのものです。
 納税人口の圧倒的多数をしめる労働者・サラリーマンは所得税などを源泉徴収され、事実上申告納税の権利を奪われています。費の実額控除による申告納税と源泉徴収との選択制を認めるべきです。

第三条 すべて納税者は、適正かつ民主的な税務調査を受けるために、つぎの権利を有する。
(1)合理的な調査理由および対象がしめされること
(2)調査予定(日時、場所)が事前に通知されること
(3)調査日時について納税者の都合が尊重されること
(4)納税者のプライバシーが保障されること
(5)納税者自らの選択による立会人(補佐人)を置くこと
(6)税務職員とのやりとりを録音すること
(7)反面調査は客観的に正当な場合にかぎり、かつ対象と理由が明示されること

 これらの権利を主権者であり、基本的人権を享有する国民に保障するのは当然のことです。欧米各国の権利憲章は、税務当局に「事前通知」の義務を課すとともに、「補佐人立会権」(フランス)、「代理人同席権」「録音権」(アメリカ)などを手厚く保障しています。スイスは反面調査を原則として禁じています。
 ところが日本の税務署は、納税者の業務上の都合や信用上の配慮などお構いなしに、調査(多くは「調査」に名を借りたいやがらせ)のやり放題です。事前通知もなしに突然税務署員がやってきて「任意調査」を強要する、「住居の不可侵」という憲法規定を平然と無視する、第三者の立ち会いを「守秘義務」などを口実に拒否し、それに抗議するとすぐに調査をうちきって取引先などに反面調査をやる、領収書など証拠書類さえ認めず勝手な推計でいきなり更正・決定処分をかけてくる――善意の納税者と悪質な脱税者の区別もせず、納税者の権利をじゅうりんして恥じない現在の税務当局の姿勢は、およそ民主主義と相いれるものではありません。

第四条 税務当局は、納税者が申告をせず、もしくは帳簿書類等が不存在または重大な不備がある場合をのぞき、推計課税(修正申告の強要、更正決定)をおこなってはならない。推計課税をおこなうにあたっては、その計算根拠を明示し、納税者に反論の機会を与えなければならない。

 納税者のいい分にまったく耳をかさず、一方的に所得を「算出」納税を強要する推計課税の乱発は、税務当局の横暴のきわみです。推計課税をおこなえる場合をきびしく限定しなければなりません。アメリカでもカナダでも、推計課税はごく例外的な場合にかぎられており、日本のような「同業者比率」による推計はありません。

第五条 すべて納税者は、税務当局による処分に不服があるときは、その救済をもとめる十分な権利を保障される。

 イギリス、ドイツ、北欧諸国の不服審判機関には一般市民が参加し、納税者の権利をまもっています。アメリカの「納税者オンブズマン」をふくめ、OECD加盟二十四カ国中、十五カ国でオンブズマン制度が機能しています。
 日本にも、建前のうえでは救済制度がありますが、かんじんの国税不服審判所は税金を取り立てる国税庁の内部組織にすぎません。国税不服審判所を国税庁から完全に切り離した独立機関にあらためるべきです。不服申し立ての審理は、個々の論点を明確にして争う「争点主義」を徹底させます。不服申し立て中の再調査は禁止します。
 また、税務署長への異議申し立て、さらに国税不服審判所長への審査請求をおこない、その結論がでないかぎり裁判所に訴えることができない現行の制度(行政不服申立前置主義)をかえ、ただちに提訴できるようにします。税務当局の側に非があったときは、救済のために要した費用は国が負担しなければならないものとします。

第六条 すべて納税者は、団体を結成し、納税者の権利の保障にかんし、税務当局と交渉する権利を有する。
 税務当局は、団体加入の故をもって差別的取り扱いをしてはならない。

 税務当局は強大な権力をもっています。その税務当局を相手に、個人納税者や中小企業がみずからの権利を主張し行使するには、納税者団体を結成し、団体として交渉することを公認させることが必要です。巨大企業はみずからの企業組織の力にくわえ、財界団体の力で税務当局とやりあえるのに、個人や中小企業はバラバラにされている現状は、社会正義と平等原則に反します。
 なお、交渉の目的はあくまでも納税者の権利の保障であり、個々の税額まで交渉できめるものでないことはいうまでもありません。

第七条 すべて国民は、公平・公正な税制をもとめる権利を有する。

 国民は、納税の義務とひきかえに、公平・公正な税制をもとめる当然の権利をもっています。イタリアは憲法で「租税体系は、累進「主義にもとづく」と定めています。自民党政治は、大企業・大金持優遇の拡大と他方での消費税導入に代表される大衆課税の強化をすすめ、生計費非課税、直接税中心、総合累進制など戦後税制がかかげた民主的原則を大きくつきくずしてきました。これを立て直さなければなりません。

第八条 すべて国民は、税制と財政に関する情報を知る権利、税の使いみちを問う権利を有する。

 近代税制の出発点となった一七八九年のフランス人権宣言は、「すべての市民は、自身またはその代表者により公の租税の必要性を確認し、これを自由に承諾し、その使途を追及し、かつその数額・査定・徴収および存続期間を決定する権利を有する」とたからかにうたいました。アメリカでは「納税者訴訟」が広範に認められています。
 納税者・国民は、毎年百兆円もの国税・地方税をおさめています。その税金が正しく課され、憲法の定める国民生活・社会保障の増進平和への寄与に正しく支出されているかを問うことができるようにするのは当然のことです。
 自民党政府は、大企業の納税額も、国の巨額の公共事業やODAの受注企業がどこであるかも隠しています。これをあらためさせることは日本の民主主義を大きく前進させるものです。

(「赤旗」一九九二年二月十五日付)