クオリア君 会いたいなー
考えてみればこの人生、年がいけばその分だけ友人が増えると思っていたのでした
が、現実はその反対だった。すでに親しかった何人かはさっさとあの世に行きやがっ
て、残ったこの人こそが親友だと思って甘えていたら貧乏しているうちに不義理が重
なりその人ともあえなくなった。寂しいってなものじゃない。
だがそんな時このさざ波通信で憂さ晴らしをしているうちに、何たることか見たこ
ともない人と心の通う友になったみたいでこの半年のうちに生涯かけて見つからない
ようなすばらしい人たちに出会うことができた。
ただ惜しむらくは実際の顔も声も名前も知らないってことだけなんだよ。それでい
て案外実体のあるもので大体クオリアさんの顔や背丈やそんなことがわかるんです。
みんなで集まって飲める人は飲んで食い気の盛んな人は食って、楽しく遊びたいもん
ですね。そんな刹那の愉しみの夢が膨らんでくるのです。
春高楼の
花の宴
巡る杯
影さして
千代の松ヶ枝
わけいでし
ああ荒城の
夜半の月
何だってセンチメンタルに今夜はなるのか。ふと気がつけばFMからシューベルト
の「美しい水車屋の娘」が聞こえてくるのです。美しいということは淋しいことなん
だろうか。
春の夜は ひと恋し
誰にともなく
おやすみと つぶやく
閑話休題 天邪鬼