天邪鬼様
綱領改定欄では、お褒めの言葉?をいただき、ありがとうございます。
もう同じようなことを書くつもりはありません。ただ、日本共産党綱領における戦後の天皇制についての認識は、天皇制と民主主義とは矛盾しないとした大正デモクラシーの論者の認識=天皇制デモクラシーに相当近くなった(そこまでは落ちていませんが)ことを確認しておきたいと思います。
ところで、以前一度、天邪鬼さんのご意見にごく簡単に触れたことがありますが、今回、解同の件、全障研や発達保障論の件で、少しばかり意見を言わせてください。
私自身は、共産党と解同との対立が先鋭化していた時代のことは知りません。しかし、私は天邪鬼さんと同じ関西の者ですから、先輩党員方から話を聞く機会は何度もありました。身近な同志が、解同の暴力的糾弾によってノイローゼ自殺した話、あるいはその暴力によって寝たきりの「廃人同然」になったという話、それらを語る先輩党員方は、まさに解同に対する憎しみの塊でした。このような経験を持っている同志たちに、“そこまでいがみ合うことはないんじゃないか”とは私は言えませんでした。
差別に対する糾弾権は絶対的に肯定されるべきです。部落問題における日本共産党の方針が当時の解同からみて穏健すぎたゆえに、解同が共産党を批判するのも当然だったかもしれません。しかし、それは同じ陣営内の意見の相違というべきで、“差別者”として糾弾されるべきものだったかどうかは極めて疑問です。仮に糾弾されるべき行為があったのだとしても、だからといってこうした暴力行為が許されるわけでないことは、裁判によるまでもなく自明のことだと私は思います。それはまさしく、一部の新左翼が繰り広げたいわゆる“内ゲバ”そのものであり、少なくとも当時の解同は、日本共産党以上にスターリン主義的体質を持っていたと言えるのではないでしょうか。
解同のスターリン主義的体質の問題は、暴力行為だけではありません。日本共産党が「一国一前衛党」論を振りかざして自党だけが正当な左翼であると自認していたのと同じように、解同もまた、自らを唯一の正当な部落解放運動だと自認し、対行政との関係においていわゆる「窓口一本化」を強要、補助金などを独占し利権化してきました。
私はかつて親類の代理で、住民に「見舞金」等として行政から手当てが出されるのを受け取りに行ったことがありますが、そのとき大きな会館に集められ、そこで解同幹部の話を聞かされた後、現金の入った2つの封筒をもらいました。1つは解同へのカンパ用でした。たしか受け取り額の5%くらいだったと思います。あらかじめ袋が分けられていただけではなく、モレないように?封筒には通し番号がふってありました。共産党でも、選挙カンパなど党員に事実上割り当てられることがありますが、大衆団体がこんなやり方していいのだろうか?と思ったものです。
さて、もう一つは、全障研と発達保障論の問題です。すでにとんびさんが意見されていますので蛇足みたいなものですが、少し意見します。
発達保障論は、もともと知的障害児が発達する権利、教育を受ける権利を保障する理論として提示されたものだったはずです。知的障害は、人それぞれ違うようにみえても、人間の知能の発達におけるどこかの段階でつまずいているという共通点があります。それゆえに、発達の科学、つまり人間が赤ん坊から成人に至る発達の過程を科学的に分析・解明する学問によって個々の障害の分析・診断が可能なのです。この理論を拠り所として、それまでは学校にすら行けなかった知的障害児をその障害に合わせて教育する専門性をもった学校(養護学校)を作る運動、そしてその卒業生の働く場所を保障する運動(共同作業所運動)が大きく広がってきました。
その理論を、障害者が健常者に向けて発達することを保障する理論であるかのようにいうのは、私にはただの反共の煽動にしか聞こえません。
現在のグローバリゼーションという名の弱者切り捨ての「新自由主義改革」が進行する日本社会においては、日本共産党系か否かに関係なく、それぞれに厳しい状況です。双方が共同する道を模索していかないと、ますます大変なことになると思います。そのための日本共産党側の努力として、私は党の右旋回を止めさせ反転させる努力があるのだと思っています。