劣化ウラン弾の危険性について、先日はイラク問題討論欄へ投稿しましたが、イラクの問題から少し離れるので、今回はこちらへ書かせていただきます。
>・・・劣化ウラン弾の毒性については、米国政府、NGO等、文部科学省から各種報告されています。(5/20:大歩危さん)
鳥島と久米島における調査についての文部科学省の報道発表は以下のウェブサイトで閲覧することができます。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/10/09/980912.htm
これについて私なりの評価を書きますが、技術的なことなので必要最小限に留めたいと思います。
まず、この時の調査は放射線の空間線量率などを測定するもので、「毒性」についての調査ではありません。放射能の「毒性」が発揮されるには長期間を要し、そうした(疫学)調査はコソボやイラクにおいて現在進行中のものですが、日本政府はこれに取り組んでいません。ここで問題にしたいのは、この時の「測定」そのものについてです。最初に、大歩危さんの次の指摘についてコメントします。
>ご承知のように、劣化ウラン弾の放射線量は自然のウランに比べて100分の1程度と相当に小さく、医療用のレントゲンと同程度の被爆を与えるためには余程大量を集積する必要があります。(5/20:大歩危さん)
天然のウラン鉱石と人工的に精製されたウランとでは、中間娘核種の含有率の違いから、放射能の特性がかなり異なります。238Uは14ステップの放射壊変を経て、最終的に安定な206Pbになります。個々のステップでは1つまたは複数の中間娘核種の状態を経ることになります。地質時代に形成された天然のウラン鉱石中では、長い時間を経て、それら中間娘核種がある安定な含有率となっていて、それぞれのステップでは、238Uの崩壊と同じ頻度で放射壊変が起こっています。一方、初期条件として中間娘核種を含まない劣化ウランでは、2番目のトリウム(234Th)と3番目のプロトアクチニウム(234Pa)だけが問題となります。結局、放射能強度の単位として1秒間当たりの崩壊原子数で表現されるベクレルで表せば、同じ量のウランについて、劣化ウランは、天然のウラン鉱石のだいたい3/14となります。詳細について知りたたい方は「同位体平衡」をキーワードに調べて下さい。
「放射線量」は、放射線の種類と測定位置に依存するので、ベクレルから単純には換算できません。238Uそのものはα線だけを放出しますが、234Paより後に現れる中間娘核種の中に高エネルギーのβ線とγ線を放出するものがあります。このため、天然のウラン鉱石を含む物質を対象とする探鉱や環境放射能の調査ではγ線検出用のサーベイメータが有効です。γ線は大気中を飛んで1/10の強度になるのに数百mかかるので、線源から遠く離れた位置からも検出可能です。一方、劣化ウランはα線の他に、234Thと234Pa起源のβ線と、無視して良いほど弱いγ線を放出します。β線は大気中で数mの飛程がありますが、α線は大気中でさへ数cmしか到達でぎず、線源に密着させて測定しなければなりません。このため、α線用の検出器は、普通は野外では用いられません。
以上の理由から、例えばγ線とβ線の両方に感度のあるGM管サーベイメータを用いると、大歩危さんご指摘のように、劣化ウラン弾の放射線量が自然に存在する放射線量の100分の1程度になる測定位置が存在します。あるいは、劣化ウラン弾の放射線量が同じ重さの天然のウランに比べて100分の1程度になる測定位置が存在します。100分の1になるのは、あくまで、そういう測定の仕方をした結果に過ぎません。ガンマー線だけに感度のあるシンチレーションカウターでは、そもそも劣化ウランの検出は期待できません。ところが、先の報告にある調査では、主としてγ線検出用のシンチレーションサーベイメータが用いられ、鳥島周辺海上における空中線量や水中線量の測定となっています。一部β線用のGM計数管も用いられていますが、これも海上での測定となっており、ほぼ無意味です。本来、鳥島の環境調査に当たっては、β線用のGM計数管を地表面に近接させて万遍なく調べ尽くすというスタイルが必要とされる筈でした。
小さな島に1,520発の劣化ウラン弾をばらまいても、自然に存在する放射線の100分の1程度の「放射線量」しかないのだから安全だと主張するのであれば、劣化ウランそのものの環境基準を最初から厳しくする必要などない筈です。なぜそうしなくて、劣化ウランが法律上「核燃料物質」として、その取り扱いが厳重に規制・管理されているのでしょうか。このことにかかわって、次回は被爆した時の生体の受けるダメージは放射線の透過力に反比例するという現象の理論的背景について書きます。