今回は放射線の「毒性」の問題を総論的に書かせていただきます。
現在インターネット上では、原子力産業や、これに関係する国の機関を中心に「放射線は安全である」という宣伝が盛んに流されています。そこで用いられる「専門用語」は、歴史的に見て、そうした原子力産業や核兵器産業を育て、擁護する者によって生み出されたものばかりです。放射線防護についての勧告を出すICRP(国際放射線防護委員会)の基本的なスタンスは、「(放射線は)益が害を上回るような形でなければ利用してはならない」とされるものです。裏を返せば、害があっても、それを上回る益があれば利用して良いとする立場です。害と益とを誰が天秤にかけるのでしょうか。そこにこの問題の政治性が潜んでおり、専門用語群の構造も、このことと無縁ではありません。ここでは、実際に放射線の「害」を受ける民衆の立場から、それらの宣伝文句を吟味し、最後に劣化ウラン微粒子による体内被曝の危険性についてまとめます。
1)被爆線量の数値は、ほとんどの場合無意味
現在の放射線の安全基準はICRPの77年と90年の勧告に基づいて策定され、様々な指標が用いられていますが、とりあえず、人体全身への影響に着目した被爆線量である実効線量当量(単位シーベルト:Sv)について述べます。これをまがりなりにも科学的に見積もるには、問題となる空間中を単位時間に通過する全ての種類の放射線の数とエネルギースペクトルを知る必要があります。また、内部被爆の見積もりに必要な、放射性ガスの濃度も必要です。これらは、線源となる親核種の種類と量、存在形態、分布状況などが分かっていれば、様々な仮定をおいて、計算によって、極めて大雑把には求めることができます。しかし、通常は線源の全貌などわからない場合が多いので、γ線などの特定の放射線量の測定から、様々な仮定をおいて全体の空間線量率(グレイ毎時:Gy/h)が推定され、最終的には、体内器官毎の組織加重係数や、線種毎の放射線加重係数、エネルギー毎の線量当量率換算係数などを乗したものを合計することによって推定されています。
以上の見積もりは、場合によっては二桁以上の甚だしい誤差を含むものです。例えばα線だけを放射する線源から1mの距離で空間線量率を測定しても、この線源からのα線は全く届かないので、その場所の実効線量当量の見積もりにおいてはこの線源の寄与はゼロであることになります。だからと言って、一般人の生活場において、その線源がまったく安全であるということにはなりません。前回触れた、鳥島における環境調査はこれと同じ過ちを犯している訳です。ここで見積もられた数値が、一般人の生活場で正味の意味を持つ唯一のケースは、単一エネルギーのγ線(またはX線)が均一に分布している空間においてのみであると言っても過言ではありません。市販されているサーベイメータの中には、放射線量をuSv/hなどの単位で直接表示する機種がありますが、その数値を鵜呑みにすることは極めて危険です。イラク関連の報道番組において、現地レポーターなどが劣化ウラン弾の探索にシンチレーションカウンターを使用している例を多くみかけますが、殆ど無意味であるばかりか、かえって危険です。 劣化ウラン弾の探索にはGM計数管を地表に近接させて用いなければなりません。
2)「高くても安全」と「低いから安全」を使い分ける欺瞞
次に、この実効線量当量の数値が一人歩きして矛盾に満ちた事態を引き起こしている例を紹介します。日本では、ラジウム泉やラドン泉と呼ばれる放射能泉に様々な治療効果のあることが、広く信じられています。ラジウムもラドンも放射性元素で、ウラン系列の中間娘核種です。動物実験や医療現場での試行の結果、自然放射線レベルより明らかに高い一定限度内の放射線は、生体の各種機能を活性化させることがわかってきました。ただし、これまでのこうした実験は、放射線を動物の全身に透過させる必要から、多くがγ線やX線を用いてなされてきたことに注意する必要があります。この効果は「放射線ホルミシス」と呼ばれ、核燃料サイクル開発機構のHPなどでさかんに宣伝されています。
私自身は、この効果は確かに存在すると考えています。例えば、生体には傷ついた遺伝子を修復する機能が本来的に備わっています。この機能は、遺伝子が全く傷つけられることがなければ不要なものとして衰えていきますが、ある程度軽い損傷が頻繁に起こる環境下に置かれると活性化される訳です。一方、個々の損傷の程度が大きい場合や、損傷の発生頻度が高く、その修復が追いつかない場合には、傷ついた遺伝子が増え続けます。局所的にでも、ある限度を越えた割合で傷ついた遺伝子を持つ細胞群が形成されれば、その部分が癌化すると考えられています。
日本では、110ベクレル/リットル以上のラドン含有量で「放射能療養泉」と定義されます。日本で最も強い放射能を持つ温泉水は、10万ベクレル/リットルくらいです。同じ核燃機構のHPでは、この最も強い放射能泉に毎日入った時の被ばく線量を、約0.5 mSv/年と試算した結果をもとに、これは「通常の自然放射線レベルと同程度」であるからなんら問題ないと、その安全性を強調しています。これは変です。もともと「放射線ホルミシス」は、自然放射線レベルより明らかに強い放射線を浴びて初めて発現される効果であった筈です。10万ベクレルで0.5 mSv/年という見積もりが正しければ、数百~数千ベクレル/リットルの多くの「放射能療養泉」に毎日入ったとしても、放射線ホルミシス効果など全く期待できないことになってしまいます。「放射能療養泉」の定義が実体を反映しているとすれば、たかだか110ベクレル/リットルのラドンでも、自然放射線レベルより有意に強い被爆線量に達すると考えねば矛盾することになります。つまり、0.5 mSv/年という試算は3桁も間違っている可能性すらある訳です。
このように、「安全」であることを宣伝したいがために、恣意的に見積もった数値をもとに、「こんなに高くても安全」と「こんなに低いから安全」が自在に使い分けられているのです。そうした数値に騙されてはいけません。
3)劣化ウランの微粒子による体内被爆の危険度
関連して、例えば、日本の数倍の自然放射線レベルにある世界のいくつかの特殊な地域においても、癌発生率に特段の異常は認められないということも宣伝されています。このような疫学データを引用するのであれば、イラクにおける劣化ウラン弾使用後の癌発生率の推移などの疫学データも無視してはならないと思います。私は、劣化ウラン微粒子からの放射線量の見積もりから、イラクでの疫学調査の結果は科学的にも可能性が十分に示唆される事態であると考えています。
238U起源の4.2MeVのエネルギーを持つα線は、水中では0.04mmほどの透過力しかありません。その為、線源が体内にある場合、体組織を通過するα線1個の全エネルギーは、ほんの数個の細胞に吸収されてしまいます。逆にこのことによって、細胞一個当たりの吸収エネルギーが大きく、狭い範囲の細胞質や遺伝子本体の損傷度が大きくなります。一方、同じエネルギーのβ線は水中で2cm程の飛距離があり、体組織を透過して失われるエネルギーは、数百~数千個の細胞に分散されるので、個々の細胞が受けるダメージはα線より格段に小さくなります。より透過力の大きいγ線についても同じ事が言えます。このような事情から、ICRPは、線種毎の危険度を表す放射線加重係数を、β線・γ線・X線の各1に対して、α線は20と勧告しています。ちなみに、静止質量を比較すると、α線の本体であるヘリウム原子核はβ線の本体である電子の7千倍以上です(γ線は電磁波)。
α線やβ線は、放射性物質自身の自己遮蔽効果によってその深部からの放射が遮断されるので、劣化ウラン弾そのものは、粉砕されていない状態ではそれほど危険なものではありません。しかし、一旦破壊されて微粉末になると、表面積が増えるので、極めて危険な物質に転化します。0.1mgの劣化ウランの破片一粒を体内に取り込んだ場合を計算すると、その破片の周囲のごく狭い範囲の体組織に毎秒3.76個のα線と7.52個のβ線が永続的に打ち込まれることになります。私は、これはもう、十分に危険な値であると思います。234U以降の中間娘核種を不純物として含む場合には、放射線量はさらに多くなります。
実際に劣化ウラン弾が使用された場合、それがどれくらいの「毒性」を発揮するのかについては、被曝医療の専門家にも殆ど分かっていないのが現状です。今まさにイラクが人体実験場と化し、疫学調査によって、その「毒性」が確かめられつつあると言えるでしょう。こうした現状を正視するなら、「いろいろな見方や意見があってよくわからない」では済まされないと思います。わからない時は民衆の立場に立って考えることです。なお、5/20のイラク討論欄への投稿で「核燃料兵器」という語を用いましたが、国際的には「ウラン兵器」という語が定着しつつあるようです(下記サイト)。
http://www.jca.apc.org/DUCJ/siryo/yaku-furitu.html