8/14付本田さんの投稿を拝見して、本田・有島さんの間の議論における拉致問題の捉え方については、本田さんのご意見に共感を覚える点が少なくないのですが、本田さんが、心情的には「武力を用いてでも独裁体制を倒し、拉致被害者を救出し全貌を解明したい、同時に北朝鮮人民を解放したい」気持ちでいるため、「送金停止カード・入港阻止カード・朝銀問題カード・支援カードなど様々な手段を駆使」すべきであるとされていることについては、私は疑問を禁じ得ません。
拉致問題は、本田さんご自身が指摘されているように、国民の人権を著しく抑圧して憚らない北朝鮮政権によって惹き起こされたものだと思います。その人権抑圧の被害者は、独り被拉致日本人・その家族に止まらず、北朝鮮の民衆もまた被害者であることには変わりがなく、しかも、まさに極度の人権抑圧があるが故に、北朝鮮の民衆自身による国内的な抵抗運動もままならない状態にあることも、充分考慮しなければならないと思います。
だからといって、国際法を規準とする限り、「命令的・強制的干与」が、拉致と同じく無法行為となることは明確であり、本田さんが武力行使による「北朝鮮人民の解放」を否定されるのは、まったく当然です。
では、「経済制裁」「経済的対抗策の駆使」についてはどうなのでしょうか。
現地の民衆にとっては、自国政権が保護してくれないため、海外からの援助物資(特に医療品)・食糧援助が、命綱となっているのではないでしょうか。また、在日コリアンを筆頭に、在外家族・同胞からの金銭・物資送付が、大きな頼りとなっているのではないでしょうか。
その道を絶てば、真っ先に困り・命を削るのは、幼い子供たちを含む名もない民衆です。どなたかが、「北朝鮮にも、日本国内と同じように生身の人間が生きて暮らしているのだということを、どうか忘れないでほしい」と言っていた言葉に、私たちは、真剣に耳を傾ける必要があると思います。
これは、単純な「人情論」ではありません。
「拉致問題の解決を最も手っ取り早くするためには、北朝鮮をいじめ抜いて現政権を弱らせ、現体制を打倒するのが一番だ」と主張される方もいるようですが、現に、北朝鮮政権には、客観的には制裁と等しい経済的困難に直面していても、そのしわ寄せを民衆に押し付け、政権担当者の周辺は、身分を偽って東京ディズニーランド見物に出かける程の余裕を見せていたという、「立派な実績」があるはずです。
しかも、1990年から続いた国連主導のイラクに対する集団的経済制裁でさえ、「フセイン政権ではなく、イラクの民衆を困らせただけだった」と言われています。とすれば、日本1国による経済制裁が、どれほどの効果を持つか、極めて疑問です。
さらに、北朝鮮人民と強固な連帯の底流を持たない「人権抑圧体制からの解放」が、「小さな親切大きなお世話」となり、人民の反発を買う結果となる危険が多大であることは、フセイン政権を倒したイラクの事例で、今まさに明白となっているのではないでしょうか。そうした場合に、本田さんが期待するように、「ソ連・東欧の体制崩壊」後と同じような政治体制ができ上がり、拉致問題の全容がめでたく解明される保障は、何もありません。
もちろん、今回日本政府が決定した、人道的食糧・医薬品援助についても、その物資の流れを、厳密に追跡する必要はあると思います。政権側で物流を担当する人民軍幹部等が、援助物資を横領等して商売をしているという疑いも指摘されているからです。その点で、単に国連の出先機関だけでなく、現地に入っているNGOの協力も、日本政府は求める必要があるのではないかと思っています。
しかし、そうした対民衆援助の実効性確保における困難にも拘らず、工夫を凝らして、現に北朝鮮の民衆が陥っている窮境に援助の手を差し伸べ続けること、これを通じて北朝鮮の抑圧された民衆に連帯のメッセージを送り続けることこそが、一見生温い方策のように見えて、実は、拉致問題を自分たちの狭い利害を護る「拉致カード」として存分に使っている金正日政権への、痛烈な打撃になるのではないでしょうか。誰が一番民衆のことを考えていないかを、白日の下にさらすからです。
武力行使に限らず、強制(制裁)手段を用いた解決は、当座の用には間に合うことがあったとしても、結局は、民族間の感情的痼りを残し、劇薬的な副作用をもたらすものだと思います。
われわれは、日本人拉致が明白な国際的無法行為であるからこそ、その「無法性」を世界中の人々の目に浮き上がらせる方法を用いることに、腐心すべきではないでしょうか。そうした、断乎とした国際的孤立こそ、金正日政権が最も恐れていることだと考えるのですが…。