本田さん、勝手に割り込んだにも拘らず、迅速なご返事をありがとうございま した。
表題にも書きましたが、あなたと有島さんとの議論を錯綜させることは、非常に不 本意なので、とりあえず私が検討を要する今後の問題点と考えられるものを挙げて、 私自身も、宿題としてもう少し考えてみることにします。以下では、私自身の考えも まだ煮詰まっているわけではない、という前提でお話しします。
まず第1に、一番気がかりなことは、あなたが私への返信投稿で、私の投稿から多 くの引用をしていらっしゃるのに、私が経済的制裁措置に基本的に反対している最大 の理由として、8/16付投稿でも理由の最初に述べている次の点について、どう考 えるべきかということが、明示されていない点です。
> 現地の民衆にとっては、自国政権が保護してくれないため、海外からの援助物資 (特に医療品)・食糧援助が、命綱となっているのではないでしょうか。また、在日 コリアンを筆頭に、在外家族・同胞からの金銭・物資送付が、大きな頼りとなってい るのではないでしょうか。
その道を絶てば、真っ先に困り・命を削るのは、幼い子供たちを含む名もない民衆 です。どなたかが、「北朝鮮にも、日本国内と同じように生身の人間が生きて暮らし ているのだということを、どうか忘れないでほしい」と言っていた言葉に、私たちは、 真剣に耳を傾ける必要があると思います。
イラクへの国連主導の集団的経済制裁でも、結局医薬品等の供給が著しく貧弱となっ
たため、これを打開するために、国連が限定的に石油代金から食糧・医薬品の購入計
画を認めた時期があったわけです(1997~2003年)。集団的経済制裁が初期的に効果
を上げれば上げる程、こうした事態の発生が見込まれる、しかしそれは結局弱者にし
わ寄せする結果となる、という問題を、どうクリアするかということです。
結局この矛盾が、経済制裁の有効性を最終的に破綻させる原因ともなっているので
はないか、と疑われるのです。
この点、「拉致問題という極めて異常な無法行為を迅速に解決するためには、やむ をえない犠牲だ」と言ってしまうと、その時点で、「植民地支配や戦時加害行為によ る被害の膨大かつ重大性に比べれば、その未清算状態下で起きた拉致被害者の被害回 復は、後回しになってもやむをえない」という議論への説得力がなくなる、と思われ るわけです。
第2に、本田さんご自身が、「情けない話で申し訳無いのですが、私は他に有効な 方法を見つけることが出来ないのです。」とおっしゃっている程ですから、実は私も、 気持ちはほとんど同じです。
とすると、「特効薬がない」という状況認識の下で、どうすべきかということにな ると思うのです。拉致被害者・ご家族の方々には、即断即決の解決策がないというこ と自体が、大変な苦痛だとは思うのですが、劇薬的副作用がある方法を採っても、余 り効果が期待できないならば、原則的方法を採る以外にはないのではないか、と思う わけです。
そして、拉致問題がいかに国際的無法行為であったとしても、それ自体のみで、国 連主導の経済制裁発動(憲章41条)の要件である、国連憲章第39条の「平和に対する 脅威、平和の破壊又は侵略行為」だとか「国際の平和及び安全を維持し又は回復する ため」の措置を必要とする事態だと言えるかどうか、私には自信がありません。核兵 器開発とはこの点でかなり違っている、と私は思っています。
もちろん、国連憲章に基づく経済制裁ではなく、世界各国がいわば「ボランティア」 で実施する経済制裁もあるでしょう。しかしその場合には、ロシア・中国が参加する かどうか不明ですし、あまり当てにはならないと予測しています。
第3に、仮に、拉致も憲章39条に抵触すると言えるとしても、あくまで「集団的経 済制裁の実施」に拘れば、それがうまく行かないときに、必ず「次の手」として「軍 事的強制力の行使の可否」が論題になってくるでしょう。それはまさに、「アフガン・ イラクへの道」に繋がる危険はないのでしょうか。
本田さん、あなたご自身の立場がこのようなものでないことは、武力行使に反対の 立場を明示されているので、理解しています。
ただ、ご自身で自覚されているかどうか不明なのですが、
> ですから、金正日の独裁体制が崩れた後、韓国に吸収されれば、大きな混乱は無 いと思います。必要であれば一時的に中国・ロシアなどを中心にした国連軍がPKOを 行うのも良いかもしれません。
このような事態の進行過程は、決して「経済制裁」だけを原因とする金正日独裁体 制の崩壊後のものではないはずです。そこには、「軍事的崩壊」が先行している可能 性も、論理的にはありうるのです。「経済制裁論」には、その可能性を阻止する内在 的モメントは、残念ながらありません。
第4に、いわゆる「受け皿」の問題があると思います。
本田さんが、上記引用部分で、いみじくも「金正日の独裁体制が崩れた後、韓国に
吸収されれば、大きな混乱は無い」とおっしゃっているように、現北朝鮮領域に、金
正日政権に代わる受け皿勢力は存在していないと考えられます。
問題は、その原因です。
この点の認識に、本田さんと私に無視できない違いがあるのではないかと推測する
のですが、本田さんが、北朝鮮人民が金正日政権に「面従腹背」しているとおっしゃ
るとき、その人民は、社会体制の変革までを視野に入れて考えているのでしょうか。
その点私には自信がありません。
また、日本人拉致が金正日自身の口から自白されたときまで、在日コリアン、とく
に総聯系の在日のほとんどが、拉致問題は日本や韓国政府のでっち上げだと考えてい
たと言われています。社会的差別の温存を割り引いたとしても、情報としては相当量
が流通しているこの日本においてでさえ、在日北朝鮮人民は、目くらましを受けてい
たのです。
ましてや、未だに国内的には、政府機関が国際的無法行為たる日本人拉致を行った
と、明確に知らされていない現地人民が、自分たちにより一層の苦痛を与える経済制
裁をどのように受け止めるか、まさに「北朝鮮は報道や言論も完全に統制されている」
ために、現体制さえ崩れれば受け皿問題は解決できる、という楽観論に、直ちに同意
できないのです。
なお、私が「誰が一番民衆のことを考えていないかを、白日の下にさらす」と言っ たのは、「北朝鮮人民の目に」という意味においてではなく、金正日政権の国際的孤 立と結びつけた議論であり、文脈的に位置がおかしかったかも知れません。その点こ こで訂正いたします。
以上のように、これは私だけが勉強不足なのかも知れませんが、私の立論は、北朝
鮮人民の状況に関する曖昧な予測的評価を含んだものです。それで、ここからさらに
議論を進めるというよりは、一旦有島さんとの議論に本筋を戻していただいて、私も
宿題として研究してみる、ということにさせていただきたいと思います。
ただ、この「経済制裁論」は、本物の右翼的潮流の主張と「統一戦線」を組みうる
ものとして、かなり懸念されるものだということは、お解りいただきたいと思います。