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一般投稿欄

恥を知ろう(PONさん「冷静な議論を」を受けて)

2004/11/24 阿Q 50代 自営業

 PONさんの、自分の2倍も生きてきて経験のある人間の見苦しい悪口の言い合いは見ていられない、という指摘は、非常に重要だと思います。綱領がどうの、政策がどうのと言う細かい議論よりも大事だと思います。というのは、事実に基づいて冷静に議論することが出来ず、感情的な言葉の投げつけあいになるのでは、路線や政策の議論が成り立たないからです。

 私は若いPONさんの前に頭を下げて、謝らなければならないと思います。私の世代は団塊の世代と呼ばれていますが、私自身は同世代の連中とうまく合わず、外れた生き方をしてきたので、そのような世代論には当てはまらないと思っていました。しかし会社に勤めていたときに若い連中を援助するつもりで付き合っているつもりなのにうまくゆかずに対立した経験を思うと、自分で意識しない押し付けクセなど、世代特有のいやらしさを持っているのかもしれません。

 世代論に意味があるかどうかは別として、我々が社会の中心的な働き手になるプロセスで、高度成長から「ゼニがすべて」のバブルに突入し、政治も混迷の度を深めたので、我々の世代の責任を否定できないのか、という気がします。その具体的な内容は、思い込みに支配される、話し合いが出来ずに議論を「勝ち負け」で考える、などかと思いますが、しかし私自身若い連中と議論して、相手にその様な歪みを感じてきたので、自分の世代の特徴とも思えません。

 私は社会学者でも心理学者でもないので、そういう問題はわかりませんが、いずれにせよ政治を議論したがる人間が見苦しくつばを飛ばすように悪口を投げあう見苦しい姿が、若い人たちの政治離れの原因となった、という可能性は、真剣に考えなければならないと思います。

 冷静で建設的な議論が出来ない社会は、民主的な意思決定ができずに混乱し、その混乱を収拾するために「強い指導者」が求められてファシズムへの道を歩むというのは、単純ですが否定できないプロセスだと思います。もしもその様な結果になったら、私達は若い世代に対して死んでも償えない罪を犯したことになるかもしれません。

 大きな目的のために、それを目指す者たちが互いの相違点を無くして協力するために議論するのではなく、議論のためのあさましい議論をして、それを冷静に見る人たちをあきれさせる。そんな恥ずかしい行為は、どんな立派な言葉を持ち出しても正当化できません。

 私は「樹々の緑」さんのように厳密な議論をする能力が無いので、つい感情的な言葉を吐いてしまいます。建設的な議論を不可能にするようなコトバを撒き散らす人間には、時にはきついことを言って黙らせる必要がある、と思っているのですが、これも反省すべきかもしれません。PONさんのような人たちからもっと批判してもらい、建設的な議論のあり方を模索する他ないのかもしれません。