しんちゃん、私は職場の話が好きです。職場ではこんなめちゃめちゃなことがいまだにやられているのですね。民主主義もヘッタクレないということです。そんな職場では物も言えませんでしょう。私は日本中の企業の中は似たり寄ったりだと思います。労働者の部屋の中に上司が入り込んでガサをやる、ロッカーを開ける、これらは大概、思想調査です。間違いなしに違法なのです。だが告訴なんかやり方も知らない普通の労働者は泣き寝入りですね。文句を言えば解雇されますね。さざ波通信では浮き上がった話が多い中で私は久し振りに現場の話を読みました。もっと職場のことを教えて欲しいと思います。あなたの会社には組合があるのですか。
さて面白い話を思い出しました。
私が若い頃のずいぶん古い話ですが、後に私の妹の亭主となった、沖縄の男で比嘉という人がいました。彼は大日本印刷の臨時工でしたが筋金入りの共産党員でした。しかし会社ではそれを隠していました。彼は工場の仲間を私のアパートでやっていたマルクス主義のサークルに誘ってきていました。その頃私たちは地域の労働者が集まっていろんなサークルをつくっていました。
ある日彼が出勤すると仲間達が騒いでいます。会社の労務が工員のロッカーを片っ端から開けて中のものを調べたそうです。思想調査なのです。共産党のビラや組合活動の資料などがないかと調べていたのです。彼は居住細胞に入っていたのですが、帰ってから細胞会議でみんなに相談しました。すると細胞長は女性ですが彼女の旦那が聞いていて「そんなことは許せん。ビラを撒け」というのでした。彼は民医連に勤めていたのですがその日は帰っていたし、私たちの細胞会議にはいつでも話に加わります。
私も同じ細胞に入っていたのですが早速ガリ版で会社に抗議するビラを刷ったのでした。ガリ版なんていえば古いでしょう。そのビラを入党したばかりの私だから顔が知られていないということで翌朝8時前、工員達の出勤時に大日本印刷の門前で一人でそのビラを撒かされたのです。すると二人の守衛が前後から私を囲みビラを取り上げようとしました。
「こらー。何をするんじゃ。お前らの会社が労働者を泥棒扱いにしているのじゃから、ビラを撒いていてるのに文句あるのか」そのときどこから現れたか細胞長の旦那が飛び出してきて雷のような大声で二人の守衛を怒鳴りつけたのです。すると労働者達が何事があったのかと4人を取り囲みます。
「お前は帰れ」と彼は私に言いつけ、なおも大声で守衛を怒鳴っている間に私は逃げて帰りました。実は私に対して細胞長の旦那は肝試しをさせたのです。彼はこっそりぼくの後をつけて物影からぼくを見ていたそうです。それで私が危ないと見て飛び出したそうです。
しかしその夜私が彼をほっといて逃げて帰ったといって叱られたのでした。
その次の日、比嘉は解雇されました。理由は勤務成績不良のためというものです。しばらく失業していたのですが、その後寿印刷や坂田印刷という中ぐらいの印刷会社の募集に応じて採用されたりしたのですが、金一封を包まれてすぐに追い出されるのでした。警察から手配がまわされていたのです。「比嘉を採用するな」と。
もう一人の友人の話をします。彼はやはり党員ですが、自分の働いていた職場でのことです。ある日彼のロッカーが上司に開けられていたのを仲間に教えてもらいました。彼は気が強いのですぐその上司を捕まえてロッカーまで引っ張っていって「こらー。このロッカーに200万円を入れておいたのにお前が盗んだんだろおう。返せ。金を返せ」と大声で怒鳴ったそうです。
結局その上司は平謝りに謝ったそうです。
しんちゃん。こんなまねはしなくていいのですが労働者の社宅の部屋にこそ泥みたいに勝手に入り込んだり、アパートや家に入り込むようなことは許せません。それこそたこ部屋です。だが一人では勝てません。
勿論法的に勝利するのは訳がないのですがそうすれば別の理由で解雇されます。組合がなければ組合を作ろう。あっても会社ぐるみの組合ならば個人加盟の合同労組に入ろう。
私の妻は500人規模のゼネコン企業に勤めていましたがリストラのトップの候補に上がっていました。関西合同労組という組合に入り、その組合のお陰で退職勧奨をはねつけ、今も会社に残って働いています。しかし2年前まで500人いた社員が150人にまで減らされたのです。労働者は一人一人では虫けらのように弱いのですが団結すれば天下無敵です。
労働組合に入って働く者の権利を守ろう。
今何が大事かといえば労働者が団結して戦うことです。それをおいて何もありません。