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議会で多数を取って共産主義社会を実現出来るのか、幻想は止めよう

2005/02/22 寄らば大樹の陰 50代 苦闘するフリーター

 今このサイトで様々な革命論、共産主義論が出ている、そして一方「そんな古 臭い論議は止めろ」「マルクスもエンゲルスもレーニンも過去の人だ」との訴えもあ る。
 しかし、だから論争は面白い、議論伯仲だから「さざ波」を覗く、それでいいと思 う。
 「党議拘束」とかでの”がんじがらめ”や「民主集中制」と言う蓑をかぶった”独 裁”、そして「公平中立」などと装った”逡巡”と「民主主義」だから”右にならえ” などよりよっぽどいい、ずーっとましだと思う。
 「世の中がこうだから、こうでなければならない」というのは為政者にとって最大 の味方、援軍なのだ、これは意見でもなければ自分の意思の表明でもなんでもない、 ただ「流れ」を言葉にしただけに過ぎない。
 このことを「党」(日本共産党も立派な党だからー)に言い換えれば「党の言うこ とは全て正しい」、「党内の論議でこう決まったからこれに従え」では何にも前に進 まない、人間、自分で考え行動するから「人間」なのであり「力」も発揮出来る「考 えるな」と強制したらどんな「党」も「組織」も破滅する。
 こんな事書けば怒られそうだが、レーニン的な「鋼鉄の団結」も、その人間が社会 的軋轢に迷い、悩み、考え、考えを固め、決意してその団結の中に入ったから「力」 となったのだと思う。
 言い古された言葉かも知れないが「共産主義者」は思想集団・組織としての「党」 と、同時に一人の人間としての「党」の結合体だから強さを発揮出来るし、外圧に潰 されないのだと思う。
 正直今、私は思い悩むことが多い、私は本当に「民主主義」の社会にいるのだろう か、「自由」に何でも発言できているのだろうか、この社会で果たして私たちに「生 存権」が保障されているだろうか、「人権」なんて本当にあるのか、私は本当に自分 の持つ「権利」を満足に行使しているだろうか、「選挙」の一票って本当に平等なの か、若者達の必死の「労働力」が時給700円でいいはずがない、等と思うのである。
 しかし、これらは本来「党」が体現してくれる筈のものでもある。

 今年は戦後60年、人間であれば成長して殆どの人生を使い切る節目の年に当たる、 今は当たり前の事だが戦前、女性には普通選挙権は与えられてなかった、あの民主主 義の故郷・フランスでもそうだった。
 今も昔しも「現状がいい」と思い込んだら、人の目は回りの全てを見ないのである。
 そして今、この国は戦前の誤りを何ら反省することなく、再び奈落の道に突き進ん でいるかに見える、しかし「人」も「党」もその殆どが知らん顔したままでー。
 ただ現実を鵜呑みにしてそこから出発するのではなく、自立した一人の人間として 色々考え、時には論争に参加してみたい。
 私は人間の本性・本質を隠し上っ面だけの民主主義イコール議会主義は、人類史上 最大の誤魔化しだと思っている。
 生産力の圧倒的向上と同時に、生産手段と人間を殺し破壊する近代兵器、大量破壊 兵器を全て資本「体制」が保有し生産している以上、彼らは絶対その全てを手放さな い、事実として戦後の60年は全てそうだった、世界のどこにも「議会主義」で真に 生産の主体たる労働者階級が権力を奪い維持しているところは存在しない。
 ベトナム戦争での「ベトコン」兵士の、そして現在のイラク・ムスリムの武装勢力 の人々の、近代兵器に立ち向かう個々の肉弾的な闘いにこそ、活路が開けると思って いる、「自然の構成物の一つとしての人間」がそこにはあるからだ。
 文字通り支離滅裂な文章になってしまったが、これは論争のほんの切り口としてお 許し下さい。