投稿する トップページ ヘルプ

一般投稿欄

千理 さまへ 「坂の上の雲」 について

2005/04/20 銀河 60代以上 画家

 勿論、どの「坂の上の雲」かと聞かれれば司馬遼太郎のそれだと答えます。自明のことを質問される理由は何でしょうか。

 特に「坂の上の雲」をある観念、左翼的観念から読んだのではなかったのです。実に巧みな小説技法で面白く読んでしまったのが正直なところです。 だがあとから考えると司馬遼太郎の小説というものがいつも英雄志向があり、この小説も例にもれていないことに気がつきます。

 小説では四国の貧しい出身の秋山弟が士官学校を出たのち、日本海軍の指揮をとりバルチック艦隊を撃破する痛快さが描かれていたのでした。出世美談でもあります。

 だがこの日本海海戦の日露戦争が帝国主義によるアジア、朝鮮の略奪戦争であったということが歴史的事実でした。しかしロシアでは前年には戦艦ポチョムキンの叛乱がありオデッサの市民と合流しています。1905年帝政ロシアに革命情勢が訪れます。ロシア帝国は「獅子身中の虫」共産主義におびえていたのです。
 この戦争に日本が勝って朝鮮の支配権を日本はロシアから奪ったのです。(今再び朝鮮侵略戦争の危機が日本帝国主義によって起こされようとしています。)
 以来朝鮮人民は40年間日本帝国の支配によって塗炭の苦しみを味あわされています。第2次大戦の日本の敗北によって朝鮮は独立したのですが、日露戦争で奪った竹島を日本の領土とする島根県議会の決議があって韓国の反日運動の激しいデモにさらされたのは昨日、今日のことです。
 釣魚台の領有権をめぐっても中国の反日運動の発火点になっています。この様な歴史の問題に対して無知なのが日本の青年です。このままでは日本の青年はアジアで愚弄されます。アジアでの最も嫌われ者の日本青年になっているのです。

 今貴方の文章を読むとやはり悲しい思いをせざるをえません。せっかくの司馬遼太郎批判がその内容の検討もされずに頭から否定されるのですから、残念なことです。
 文学と政治、芸術と社会、それを切断することは自由ですが決してそのような文学芸術が生命をもち続けることはできないでしょう。作家は現実と切り結びながら創作しなければなりません。司馬にはその点に欠けるものがあったと思います。なるほど司馬遼太郎は膨大な歴史的事実の知識があります。しかし彼の歴史に対する観点が時代遅れのものであり、危険性もはらんでいます。それは帝国主義讃美が赤い糸のように彼の全作品を縫っているからです。
 歴史を正視するならば司馬遼太郎が無邪気に秋山を英雄視したところに彼の歴史認識の欠落が歴然とします。文学がのちの世に読まれるためには歴史に対する観点の正確さと認識の深さを求められます。
 あなたが司馬ファンとしても、遠慮なく「坂の上の雲」は長大な駄作であったとぼくはここに再度書きます。

 批判する時は相手の文章のどこがどう間違っているかを指摘するのがマナーかと思います。そして「辟易」など安易に論争相手に使う場合あなたご自身の品格を下げないでしょうか。同じ言葉をぼくが返せば泥仕合になるでしょう。