4月25日にJR福知山線(宝塚線)で発生した電車脱線事故は、死者70数 名を数える大惨事になるに至った。脱線の原因については「置き石」の可能性も取り ざたされているが、はっきりしているのは当該車両の運転士が『1分半のダイヤの遅 れを取り戻すために、半径304m・時速70km制限のきついカーブを、時速10 0km以上のスピードで通過しようとした』という事実だ。この事については、電車 運転士個人の運転適性や資質をことさら問題にする様な報道も一部に見られる。はっ きり言うが、この運転士も事故の犠牲者だ。この運転士も未だに先頭車両の中に閉じ 込められている。まずは、この運転士も含め、遭難者の一刻も早い救出を祈るばかり である。本投稿では、何故この様なスピード超過が起こってしまったのか、その背景 に焦点を絞って見ていく。
(1) 過密ダイヤ
脱線事故を引き起こしたのは、7両編成の宝塚発同志社前行き快速電車(列車
番号5418M)である。当該車両の運転士は事故現場の手前停車駅(伊丹駅)で、
約40mのオーバーランを起こし、その為に定刻より1分30秒の遅れを生じてしまっ
た。その列車遅延を取り戻そうとスピードを上げた為に脱線事故を引き起こした。
この様な、数分の電車遅延を挽回する為の運転操作は「回復運転」と呼ばれ、鉄道
運転士の間では普段から日常的に行われているものである。問題は、それが制限速度
を遥かに超えて行われた所にある。何故こんな事が起こってしまったのか。
下記は、伊丹駅の大阪方面(上り)平日午前9時台の時刻表である。脱線事故 を起こしたのはその中の前から3番目の、9時14分発快速同志社前行き([快]同1 4、※印添付)である。
大00 放07 ※[快]同14 [快]大19 大22 [快]木28 大31 [快]同41 高44
[快]大54 [快]木56 高59
・注:[快]=快速、大=大阪、放=放出(はなてん)、同=同志社前、木=木津、
高=高槻
下記は、その当該車両([快]同14)の当初予定の運行ダイヤである。
宝塚(9:03発)→中山寺(9:06着、9:07発)→川西池田(9:1 0着、9:10発)→伊丹(9:14着、9:14発)→尼崎(9:20着、9:2 1発)→(中略、尼崎からは東西線・片町線経由)→同志社前(10:15着)
以上からもわかる様に、ターミナル駅でも1分間、それ以外の停車駅では1分 に満たない停車時間で設定された、数分単位の過密ダイヤが組まれているのである。 伊丹駅より2つ尼崎寄りの、事故現場直前にある塚口駅(当該事故車両は通過駅で停 車しない)で見ると、それがより一層はっきりする。
9:14(放出行普通、停車)、9:17(事故車両、通過)、9:22(大
阪行き快速、通過)
(NHK総合TV番組「クローズアップ現代」4月26日放送分)
こういう状況下で起こった「1分30秒」の遅れなのである。この様に、元々 が過密ダイヤである上に、後述する私鉄との競合に伴うスピードアップによって、既 に制限速度ギリギリのスピードを前提としたダイヤが組まれている。JRの社内規定 では「回復運転は制限速度の範囲内で行う」とされているが、この様な状況下では、 そんな社内規定など、画餅にしか過ぎないのである。
(2) 当該線区特有の事情
脱線事故が発生したJR福知山線(大阪近郊では宝塚線という愛称でも呼ばれ
ている)は、沿線にはマンションや新興住宅地が広がる通勤線区であり、大都市近郊
の大阪・宝塚間では阪急宝塚線(大阪梅田・宝塚間)と乗客の奪い合いでしのぎを削
る、典型的な私鉄との競合線区でもある。
京阪神地区は昔から「私鉄王国」と呼ばれてきたように、阪急・阪神・京阪・近鉄・
南海の5大私鉄の路線網がJR路線とほぼ併行して走っており、戦前の昔から旧国鉄
時代を経て現在に至る迄、JRと各私鉄の間ではスピードアップ競争やサービス合戦
が繰り広げられてきた。JR運賃も、これらの競合線区では他の線区と比べて割安に
設定されている。
また福知山線は、尼崎駅で東海道本線・東西線に接続しており、多くの場合、 福知山線の宝塚や新三田から大阪市内を東西線で経由して片町線(大阪近郊では学研 都市線の愛称でも呼ばれている)の同志社前や終点の木津までの間で、乗り換えなし の直通運転が為されている。実際、事故車両にも同志社大学に向かう通学生が多数乗 車しており、今回の事故でも多くの学生が犠牲者になった。
この様に、併行する大手私鉄とのスピード競争や、尼崎での他線区との接続、 東西・片町両線区を含め運転区間が3線区に跨り比較的長距離である事も相乗して、 「列車遅延の遅れ」に伴う影響の大きさが運転士にとって相当なプレッシャーとなり、 「何が何でも遅れを取り戻さねば」という意識が働いた事も、容易に想像できる。
(3) JRの非人間的な企業体質とチェック・自浄機能の喪失
JR各社は'80年代に、当時の中曽根内閣による旧国鉄の分割・民営化によっ て誕生した。分割・民営化の過程で、国労・全動労に対する露骨な労組切り崩し工作 の強行と併行して、それまでの労働協約や労使慣行の見直しの美名の下で、労働条件 の大幅な改悪が為されていった。その結果、JR各社では、大なり小なり程度の差は あれ、営利追求に偏した人間不在の経営政策・労務管理がまかり通り、それに対して 健全なチェック機能も働かないという職場状況が、民営化以降ずっと続いてきた。
JR西日本管轄の当該尼崎電車区でも、2001年に、機器トラブルの処置の 為にやむを得ず1分の列車遅延を発生させた運転士に対し、過酷といえる乗務停止処 分とを行い、嫌がらせ・見せしめ的な「日勤教育」を加えた挙句、当該運転士を自殺 に追い込んでいる。そして今回の4月25日の事故の二週間前にも、JR尼崎駅発着 の全列車について、「1秒単位で列車の遅延状況を把握する」という、正に「運転士 を追い詰め、事故を誘発している」としか思えないような労務管理を行っているので ある。
この様なJRの営利追求偏重・人間不在の企業体質は、何も今に始まった事で
はない。従来の鉄道事故とそれに伴う事故処理の在り方にも、顕著に現れていたので
ある。
1991年5月14日の信楽高原鉄道における、当該会社車両とJR車両との正面
衝突事故では、JR側は、一切の責任を信楽高原鉄道側に負わせる姿勢を露にして、
被災者遺族から強い顰蹙を買っている。
また2002年11月6日には、東海道本線の塚本・尼崎間で、現場に駆けつけた
救急隊員が鉄道事故負傷者の救出を完全には終えていないにも関わらず後続の特急列
車を運行させ、救急隊員を死傷させる事件を引き起こしている。
この事例からもわかるように、JRは営利を追求する余り、割引運賃・定時運 行・ダイヤ増発や、Jスルー・ICOCAなどの各種カードサービスなどの、「直接 目に見え、見てくれが良く、乗客増に直結する」サービスには力を入れるが、鉄道事 業者にとっては一番大事なサービスである「安全運行」については、「直接乗客の目 には見えずコストもかかる」という事で、なおざりにして来た。カーブミラー設置で プラットホームの監視要員を削減し、駅員の委託・派遣労働者への置き換えを遮二無 二進め、碌に安全教育も施さないまま駅務業務に従事させてきた。今回の事故でも、 現場のATS(自動列車装置)が旧式仕様でスピード超過に対して何ら抑止機能を持 たなかった事や、脱線防止ガードが設置されていなかった事が指摘されている。そう した形で職場の矛盾を現場の労働者にしわ寄せをし、事故があれば全て現場スタッフ 個人に責任転嫁してきたのである。
そして、長年の労組敵視政策や反動的・暴力的労務管理の横行によって労組の 力が弱められ分裂させられてきた事によって、職場の不団結が助長されてきた結果、 営利偏重・人間不在の経営・労務政策に対するチェック機能・自浄機能が働かなくなっ ている事も指摘しなければならない。それは、本投稿執筆時点で、当該事故に関する 公式声明を出したのが、JR関連4労組(JR総連・JR連合・国労・建交労)の中 で、JR総連とJR連合の2組合だけだった事からも伺われる。かと言って他の2組 合について当事者意識の欠如を断ずるのも、私は聊か酷であると思う。いずれも自組 合の案件に手一杯で、国労に至っては就労闘争や解雇後の生計維持が最優先課題であ り、事故の事まで直ぐには手が回らないというのが実情ではないかと思われる。その 中で、労組ではないが、信楽鉄道事故遺族を中心に立ち上げたNPO法人の鉄道安全 推進会議(TASK)が、遺族の立場から公式声明を出しているのが目を引く。
いずれにしても、この中で最も断罪されるべきなのは、JRによる営利偏重・
人間不在の経営・労務政策であり、当該企業の非人間的な企業体質である事は明らか
である。
憲法違反の反動的・暴力的労務管理は、何も戦前の「たこ部屋」や、武富士などの
特定業界・一部企業に限った事ではない。日本の大企業の中でも大なり小なり広く見
られる事例である。その中でもとりわけJRは、NTTと並んで、民営化に伴う資本
主義・新自由主義的労務管理が横行している企業である。今回の事故は、その中で起
こった「完全な人災」であり、そういう意味では「起こるべくして起こった事故」で
あるとも言える。事故の被災者は、運転士・車掌も含め、全て犠牲者である。今回の
事故を機に、JRの非人間的企業体質が、白日の下に晒され徹底的に糾弾され、改革
されなければならない。
【参考資料】
・朝日新聞 尼崎・列車脱線事故特集
http://www2.asahi.com./special/050425/?t
・Yahoo! JR福知山線脱線事故トピックス
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/jr_fukuchiyama_accident/
・JR西日本
http://www.westjr.co.jp/index2.html
・JR総連
http://www.jr-souren.com/
・JR総連通信No.492
http://www.jr-souren.com/statemnt/tusin492.htm
・鉄道安全推進会議
http://www.tasksafety.org/
・JR伊丹駅時刻表(えきから時刻表)
http://www.ekikara.jp/newdata/line/2701181/28207011/up-1_1.htm
・闘争団とともに 人らしく
http://www.geocities.jp/aichi200410/
※尚、本投稿は、4月27日午前中に執筆して28日に「さざ波通信」に投稿したものです。従って、事故の死傷者数などは、最新報道の内容とは食い違っています。その点についてはご了承下さい。