「JR西日本列車脱線事故」を考える
1.見せしめと処分
「1分30秒」の遅れ
2005年4月25日、JR西日本の福知山線で列車脱線事故が起きた。死者107名、重軽
傷460名、国鉄がJRになって以後、最大規模の列車事故である。
事故の主要な原因が、制限速度を30km以上超えたスピードでカーブに進入したこと
による脱線にあることは、間違いないだろう。
脱線した電車は、事故発生の3分前、伊丹駅でオーバーランをし、「1分30秒」の
遅れを起こしていた。高見運転手(23才)は、この遅れを取り戻どそうと必死だった
のだろう。
見せしめと処分
列車ダイヤの遅れは、運転手の気持ちを強く圧迫する。処分が待っているからだ。
JRでは、「1分の遅れは、訓告にボーナス5%カット、昇級ランクも下がる」
(JR東日本)、「訓告が2回続くと給与の等級が1号下がり、2分遅れれば乗務を
降ろされる」(JR西日本)。
さらに加えて、「日勤教育」が待っている。仲間の面前で管理職からの罵詈雑言を
浴びながら、会社への帰属意識を試す「レポート書き」を何度も強いられる。
「水平展開*1」」「出場遅延防止チェック *2」などで、さらしものにされる。
「踏み台の上がり降りを繰り返えさす」、「トイレも自由に行かせない」で、肉体的
にも辱められる*3。
*1水平展開:駅ホームで3時間の起立敬礼。入って来た電車運転手を「私はオーバー ランしました。皆さんも事故の無いようにお気をつけ下さい」と云いつつ迎える。
*2出場遅延防止チェック:「オーバーランをした○○です。遅刻にご注意を」と言っ て、同僚運転手に電話をかけ続ける。
*3:「日勤教育」でうつ病自殺に追い込まれた運転手がいる(JR西日本尼崎電車 区、44才、2001年8月)。遺族が2審裁判中。このケースでは定刻50秒遅れ。
スピードアップ
高見運転手は、これまでに100mの「オーバーラン」経験があり、訓告と「日勤教育」
13日の処分を受けている。そして今回再び、40mの「オーバーラン」を起こした。即
座に「処分」のことが頭をよぎっただろう。「会社には8mと申告しよう」と車掌とす
ぐに口裏合わせをしたが、「バレないか」との新たな心配もかかえることにもなった。
そして、彼の電車は最高速度で突っ走った。遅れを取り戻すため、処分を避けるた
めに。指令からのコールも耳に入らない状態で。
2.利益第1、安全置き去り
最高利益
JR西日本は今年3月期決算で、過去最高の589億円(前期比25.5%)の利益をあげ
ている。
1987年の国鉄分割民営化により発足したJRは、私企業としては私鉄各社の後発で
ある。「(ライバルの)私鉄に追いつき追い越せ」と、乗客獲得、収益増強にやっき
となった。私鉄の多くが沿線開発を行い、鉄道だけでない営業によりトータルで収益
をあげているのに対し、JRは収益の大半を鉄道であげざるを得ず、利潤追求の強度
は私鉄以上のものであろう。
福知山線(宝塚線)では、並行する阪神、阪急などとの熾烈な競争を7分差の「速
さ」で勝ってきた。7分差の「速さ」は、短い駅間を最高速度で列車を走らせ、駅の
停車時間を安全確認に必要な操作時間より短くすることで生み出されたものだ。今や、
同線はJR西日本の「ドル箱」となっている。JR西日本にとって「ダイヤ優先」は
「儲かりまっせ」なのである。
人員削減・設備先送り
今回の事故の背景には、民営化後の大幅な人員削減がある。JR西日本管内で言え
ば、国鉄時代5.1万人いた職員が、2005年には3.2万人と、4割減少した。採用を控え
た結果、30才台の職員が、全体のわずか4%しかいない。高見運転手ら20才台の運転
手は、先輩運転手からの技術の継承も、運転手として身につけるべき諸知識を習得す
る期間も十分でないまま、ハンドルレバーを握っているのである。
JRの列車ダイヤは、過密化している。少ない人数で過密ダイヤをこなしている。
乗務員の労働強度は高くなる一方だ。高見運転手は、事故直前2日間連続して宿直し
ている。宿直時の睡眠時間は通常の半分から3分の2程度とのことだ。
伊丹駅でのオーバーランの背景に疲労があるといって、誰が否定出来るのか。
さらに、JR西日本では人員を、2008年には2.8万人まで減らす計画を持っている
(「チャレンジ2008計画」)。過密ダイヤをより少ない人数でこなし、一層の経営効
率化を図ろうというのだ。長時間労働とダイヤ維持で血眼になっている運転手の姿が、
目に浮かんでくる。
一方で、JR西日本は、設備投資を先送りしてきた。ドル箱路線の宝塚線のATS
も旧式だ。新型のATS-Pが設備されていれば、今回事故が防げていただろう。
過密ダイヤとスピードアップで売り上げを伸ばし、人員削減と設備先送りでコスト
を下げ、JR西日本は利益を蓄えた。今回の事故を踏まえて言えば、「効率」を優先
し「安全」を先送りにして、私鉄に勝ち、最高利益を蓄えたのである。
労働者の痛苦と、107名の死を踏み台にしてだ!
成果主義賃金
JR西日本は、来年度から「定期昇給抜きの完全な評価主義賃金体系」を導入する
という。成果主義賃金のJR版であろう。成果主義賃金では、各人に自分の達成目標
が具体的な数字で与えられ、自己管理による目標達成が課せられる。電車運転手にも
目標が与えられ、「ダイヤ維持」は運転手個人の主要な管理項目となるだろう。もち
ろん「安全重視」も目標管理に組み込まれるだろう。しかし、前者は「ダイヤ」とい
うきわめて具体的な数字が基準としてあるが、後者の「安全重視」は数値化しがたく
抽象的になりがちだ。評価する側もされる側も、わかりやすい「ダイヤ維持」を自ず
と重視するだろう。「ダイヤ維持」に必死となる運転手の姿が、ここでも見える。
「安全」が置き去りにされてゆくプロセスが、同時に見える。
大阪支社長指針
今回の事故が発生する数週間前、JR西日本大阪支社では、「平成17年度支社長指
針」が社員全員に配られた。「指針」の中で、大阪支社長は「稼ぐ」を17年度目標の
第一の柱にかかげ、「安全」は二の次にして、一層の利益追求に向けて社員に発破を
かけている。事故を起こした真の犯人の自白である。
3.荒廃する職場
発足時から「見せしめと処分」
1987年4月の国鉄分割民営化の時、国鉄経営層と管理職は、民営化に反対する国労
などの組合員を徹底的に攻撃し差別した。乗務から引きずり降ろし、朝礼でつるし上
げ、仕事を奪い、隔離部屋に押し込んだ。屈服する人も出れば、自殺者も出た。それ
でも反対し続ける大量の労働者を、新会社に雇用せず解雇した。一方で、異論をとな
えない大多数の労働者はJRに再雇用され、特に、当局の意に沿って分割民営化のた
めに率先して行動した人間を、JRは積極的に管理職に登用した。
JRは発足時からは、見せしめと差別(さらにはゴマスリへの論功報償)を、労働
者支配の主要な手段とした。これが現在のJRでも、利潤追求に労働者をかりたてる
主要な管理手段となっている。JRの中で風土化している。そのことを、今回の事故
は浮き彫りにした。
「見せしめと処分・差別」「ゴマスリの論功報償」によって作られた会社、横行す る職場は、必ず荒廃する。経営者や上司に対する「迎合」はあっても「批判」がなく、 「もの言えぬ」「もの言わぬ」風土が醸成されるからだ。そこから自浄力は生まれな い。
経営者の責任回避
今回の事故直後のJR経営層の言動を見てみよ。彼らは、事故直後に「線路上の置
き石が事故原因」と発表した。続いて、「時速133kmのスピードでも脱線はしない」
と、実際と異なる空車条件での計算値をあげて、電車の安全性を強調した。事故が、
「会社の内的要因ではなく外的なものによる」と描き出そうとしたのである。事故状
況の全体的把握と事故原因の徹底した究明を第1に考えたのではなく、会社にも自分
にも責任が及ばないようにすることを真っ先に考え行動したのである。
ここに、今のJRの経営層の本質が現れている。普段は背広の下に隠されている彼
らの性格を、重大事故が剥き出しにした。現れてきたのが本性であり、肉体化した精
神だ。彼らにとって「会社と自分の地位」を守ることが最大の関心事であり、第1に
行うべき事なのである。そのためには、事実を隠し嘘もつく。
労働者の荒廃
社員はどうか。
高見運転手と車掌がオーバーラン直後に行ったことは、ランの距離を短くする口裏
合わせとスピードアップである。「オーバーラン」や「ダイヤ遅れ」を小さく描き、
自分らの責任を小さくしようとした。そのために事実を偽り嘘をついた。JR西日本
経営者と同じである。
事故列車の4両目、6両目に乗っていた2人のJR西日本社員は、事故直後、「事
故について携帯電話で上司に報告したが、上司から特別の指示がなかった」ので、各
職場に出社した。たくさんの人が死に、たくさんの人がつぶれた車両に挟まれ救いを
求めている、その現場から、他でもない自分の会社が大事故を起こした現場から、2
人は立ち去った。自己判断能力のない、上司の指示がなければ人命救助もできない姿
をさらけ出しながら。よく考えてみれば、人命救助より自分の業務を優先した彼らの
姿勢は、「安全より利益優先」の会社方針の、一つの体現である。
事故当日、事故現場近くでボーリング大会と居酒屋宴会を敢行していた天王寺車掌
区の社員(43人)の多くは、事故発生を知っていた。しかし、大会も宴会も続けられ
た。その内の幾人かは、「中止した方が良いのではないかと思ったけれど、上司に言
えなかった」という。何で、言えないのだ!
失われた批判力
これら社員の行動の原因を、今のJR西日本経営層なら、社員個人の資質の問題に
帰そうとするだろうが、それは許されない。ミスをすれば「見せしめと処分」をする
制度や、ものを言わず従順に指示に従う社員を作ってきたのは、JR西日本の労務管
理そのものだ。それが、職場から批判力を奪っているのだ。
遡って、より本質的に指摘すれば、JRの職場における批判力の喪失は、国鉄分割
民営化に始まっている。当時、国労は大多数の社員を組織し、分割民営化に反対した。
時の中曽根首相は、「総評(国労)を潰す」と豪語し、実行した。政府の意を受けた
管理職は、国労組合員に対し「脱退しなければ首を切るぞ」と脅し、脱退を強要した。
わずか一年の間に、20万人いた国労組合員の内15万人が脱退した。その人達は再雇用
され、従順となった*4。国労は一気に弱体化した。
JRの職場における批判力の喪失は、国家的不当労働行為により作り上げられたの
だ。
*4:今の管理職の多くは、闘って、苦しんでいる国労の仲間を見捨てて来た人た ちだ。その態度を、経営層は評価してきた。彼らは現在も、不当解雇され闘ってい る1047名の組合員を見捨てている。苦しんでいる人がいても、それがたとえ仲間であっ ても乗客であっても、見捨てられる行動は、JRにおいては決して間違った行動では ないのである。
4.鉄道労働者の復権
地位を高めよ
今回の事故後、JR西日本社長は「初心にかえり、一からやり直す」と言った。か
れらは同じ事を、1991年の「信楽鉄道」事故の際にも言っている。しかし、その後も、
「線路上のけが人を救出中の消防局員を特急がはねとばす事故」(2002年。これもダ
イヤ優先の結果だ!)、そして今回と、重大事故が繰り返された。
精神論と決意表明でその場はしのげても、事故はなくせない。具体的な実行行為で
示さないかぎり、誰も信じない。
やるべき事は何か。
「鉄道の安全は、現場労働者が支えている」。このことを企業運営の基礎に据え、
実態を作ることである。かつての国鉄運転手は、乗客の安全を守るための豊かな知識
と技術を身につけていた。国鉄総裁が乗車しても、その列車の「親方は俺だ」といえ
るプライドと権威があった。子供や青年のあこがれの仕事であった。ここまで鉄道労
働者の地位を高めるのである。
対等な労使関係作り
JR経営者は、「ものも言えず、ゴマスリか指示待ち人間しか作らない」「利益の
ことしか考えられなくなる」労務管理を改めなければならない。そのためには、「見
せしめと差別」による職場支配、「成果主義賃金」による個人管理などを、直ちに止
めることだ。「2日連続宿直勤務」などの過重労働を解消しなければならない。その
ためには、人員充足が不可欠だ。「列車運転手の促成」も改めなければならない。安
全のための知識と技術を十分に身につけるだけの期間を与えることだ。
同時に、JR民営化に反対し解雇された1047名の労働者の解雇を撤回すべきである
*5。ベテランの彼らこそ、再雇用すべきである。JR経営者は、過去の不法行為の
反省も含め、労働者を大切にする態度をここまで徹底して示すのである。その時初め
て、社会はJRを見直すだろう。
労働者がなすべき事はなにか。上記職場改善を、労働者自身の手で要求し、勝ち取
ることだ。一人でもものが言える人間となることだ。会社の意に沿うことしかできな
い労働組合ではなく、資本から独立した労使対等を貫ける労働組合を強化することだ。
管理職と対等にものが言える労働者、経営と対等にものを言う労働組合、あたり前の、
真に健全な労使関係を作ることだ。
*5:彼らは当時から一貫して「民営化によりまずおろそかにされるのは安全であ る」と主張している。今回の事故と照らせて見れば、まさに正しい主張である。
今回の事故で、国民は事故犠牲者を悼みJR西日本を批判している。1047名も分割 民営化の犠牲者なのである。ここに、もっと関心を寄せて良いのではないか。
5.真の事故原因と事故責任
今回の事故の根本的な原因は、「安全」を全てに優先する日本の基幹交通事業を、
国有鉄道(国鉄)として国民自身の手元にあったものから、「利益」を第1に追求す
る私企業(JR)の手に渡したことにある。問題解決の答えもまた、そこにある。基
幹交通事業を「私企業」の手から「公」の手に、「国民」の手に、取り戻すのである。
これが今回事故の根本的解決である。
中曽根首相ら自民党政府は、民営化されれば「経営は黒字化」するとして、国鉄分
割民営化を強行した。JRは発足した瞬間から「黒字化」を宿命として背負わされて
いるのである。そして、JRの歴代経営者は政府の代理人として、JRという馬車の
御者となり、むちを振るった。馬達は「黒字化」という行き先以外は何も見えないよ
うに目隠しされたまま、むち打たれ走った。今回事故に関し、政府は「JR西日本に
責任がある」と言っている。しかし、本質的な責任は、国鉄分割民営化を強行した自
民党政府にあることを最後に指摘する。
以上