4日に予定されていた東京杉並区の教科書採択が、「親の会」の皆さんなど500から600人もの結集と懸命の奮闘により、決めることが出来ず12日に持ち越しとなった。
まだ松山など「危ない」といわれる地区が一部残されているが、東京・葛飾、兵庫・宝塚、大阪・八尾など「危険地帯」で連続してつくる会教科書は採択されなかった。
杉並の動向如何もあるが、当初「つくる会」側が目論んでいた東京50%全国シェア10%の野望は、各市民運動の力によって脆く潰えた感がするこのごろである。
私の町では「つくる会」教科書は話題とはなったが、選考の候補にも上らなかった、また危ないといわれた隣町でも、評価委員会のリストでAラングゼロとなって市長と教育長の野望は潰え去った、また隣接の政令指定都市では、「つくる会」教科書の非科学性や物語風の歴史、男女共生の否定などが採択の場で、コメントつきで批判されたという。
「文化学術都市」を自任する隣町はかつて大きな市民運動の歴史はなかった、数年前一度超党派で100人の市内デモが練り歩き話題となったくらいである、しかしその街にトンでもない右翼的市長が誕生し、文科省から教育長を天下りさせ、「ミニ東京」を目指すようになってから情勢は一変した。
しかし市長が公約に掲げた「学校自由選択制」導入、日本会議など連なった「つくる会」教科書導入策動には市民が、そしてこれまで余り声を上げて来なかった若い母親などが、それこそ怒涛のように波打ち始めたのだ。
勿論「町を守りたい、こどもだけは守りたい」という根強い草の根的意識が基本にあることは間違いない。
今年1月の学校選択制での「市民の声を聞く会」はふたつの会場といえ、約3百人の反対の声で埋まった、「つくる会」教科書反対では7月の教育委員会で100人を超す傍聴、そして8月9日の採択の日には、なんと約3百人が市役所に押しかけ、集会を持ちビラを配りして、ものの見事に採択を阻止したのである。
「学校自由選択制」については合計1万人の署名が集められ、「つくる会」教科書には約2000通の反対のメールやFAX、葉書が集中された。
これらは反動化的市長の誕生と言う危機感があったにせよ、複数の市民団体が核的存在となり、緩やかな統一戦線が形成された、お互い情報交換を行い、主な集会や傍聴には社民党、共産党、新社会党、一部民主党も加わり討論も行った、文字通りの超党派の統一戦線が誕生し、闘い、そして勝利したのである。
「つくる会」教科書を採択できなかった天下り教育長は、最後になって「この様なプレッシャーのないところで慎重審議したかった、次回は非公開にすることも考えたい」とほざいた、私たちの統一した闘いは反動市長に、そのブレーンに、これほどの打撃を与えることが出来たのである。
今展開されている郵政民営化否決を端とした総選挙は、二大政党制システムの下で「昨日の友は今日の敵」的な、政策や論理には程遠い、醜い政権争いを展開している、しかし私が体験したつくる会教科書採択阻止の闘いは、私たちの側の工夫によっていかなる闘いも可能であり、より大きな展望があることを知らしてくれたと思う。
今回、私たちは「ミニ東京」を目指した市長の野望を、連帯の力で見事に粉砕したのだ、「闘えば勝てる」これが率直で正直な実感である。
杉並でまた松山で勝利し、つくる会派を完全に叩きのめそう。