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皆さん敵が見えている?大衆運動や統一戦線は何のために必要なのか

2006/01/18 寄らば大樹の陰 50代 苦闘するフリーター

 改憲反対などを中心とする大衆運動、統一戦線的に闘いについての討論が進んでいる。
 しかし見る限り、それを努力し苦労して実現する方向ではなくて、相手を否定したり排除するだけの、討論とは言えないお粗末さが目につく。
 敵がなんなのか、何を行いたいのかがスッポリ抜け落ちて、相手の完全否定か、自己陶酔か憂さ晴らしだけで一杯だ。
 これではまるで小泉や安倍にそして武部にさえ「私たちの敵は貴方達ではありませんからご安心下さい」と宣言しているようなものだ。
 改憲も、教育基本法の改悪も、国民投票法も、共謀法も大幅増税攻撃も目白押しで迫ってきている。
 少数派には今こそ「小異を捨てて大同につく」ことが求められている、それなのに相手にイチャモンつけて満足しているなんて、それこそ誰かさんが得意に発する「内ゲバ」そのものではないか。
 そもそも「内ゲバ」なんて言葉は権力用語だ、意味を確かめようとしないで相手の攻撃に使うなんて下の下である。
 敵はてぐすねして待ち構えている。私達が数万数千の隊列で立ち向かう事すら想定している。
 彼らは改憲には60年安保や70年安保クラスの「波」が来る事は既に予想して、公務員減らし攻撃の中でも警察官を増員して備えているのだ。
 「立川のビラ撒き逆転判決」なども司法を巻き込んだ私たちへの威嚇そのものではないのか。
 それに対して闘う事も先にたつこともしないで、仲間を背後から撃って平気なヤツを私は信用しない。
 闘わない方針を出した指導部に何の抗議もしない人たちを私は仲間とは思わない。
 少数派には少数派として何をなすべきか、どうしたら多数派を形成できるか問われている、そして私たちに残された時間は少ない。 私たちは多数派ではない、ホンの一握りの少数派でしかないのだ。
 仲間割れしている暇も時間も金もないのだ。
 そのことを自覚して欲しい、それがなければ再び「奴隷の平穏」が訪れ、誰かが一人づつ姿を消していく世の中が待つだけである。