シンタローさん、私や銀河さんの投稿に対する反論をお願いします。
私は銀河さんと違って、一般的論としては、国家の自衛権を否定するものではありません。
しかし、吉田、野坂論争の経過をふまえて考えた場合、現行憲法下で(自民党の解釈改憲を容認するなら別ですが)自衛権は存在しないと思います。
それにも拘わらず、憲法改悪阻止の闘いの中で、自衛権を持ち出すのは、この戦いに不必要な混乱をもたらすだけだと思います。
また、民主連合政府が実現した場合、「自衛のための最小限の実力組織としての自衛隊」は存続し続けるありましょう。
ですが、
このような発想は、「あらゆる真の人民革命の前提条件」(マルクス)としての官僚的・軍事的機構の破壊の問題こそ、第二インターナショナルのあらゆる日和見主義者が最後までみとめようとしなかった問題であった。「プロレタリアートはこの機構(常備軍、警察、官僚制度)を粉砕しなければならない。
これは日和見主義(社会愛国主義者)とカウツキー主義者(社会平和主義者)が異論をとなえるか、ごまかそうとしていることである。
(レーニン ロシア革命におけるロシア社会民主労働党の任務について)
(極左日和見主義の中傷と挑発)
これは科学的社会主義の根本問題です。
人民は権力をにぎったときに、現在の国家機関をそのまま利用することはできず、軍事的・官僚的機構を粉砕し、これを新しい民主的国家機構におきかえなければならないというマルクス・レーニン主義の革命的原則を忠実に、反動的な国家機構を根本的に変革することが、革命権力の主要な任務のひとつになることを、具体的に指摘している。(極左日和見主義の中傷と挑発)
ここから出て来る結論は、自衛隊の活用ではなく、既存の常備軍としての自衛隊の粉砕解体しかありえないと思いますが。
自衛隊の存続を容認する立場は、改良主義への変質だと思います。