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筆坂氏の本を読んで。

2006/05/07 ロム3

 私は大体図書は、図書館で借りて読むことにしているの で、彼の本を買う気はなかった。しかし、ここのところ連休で 日当たりの無い家にいると風邪がこじれるばかりなので、気晴 らしに町に行き、本屋を覗いてみたら、彼の本が一冊だけ残っ ていた。もし、彼が議員に出馬するような時があれば、1万円 くらいはカンパしようと思っていたので、その何分の1の本を 買うことにした。680円という値段で、われわれ庶民には買い やすい値段である。

 彼の本を読んで感じたことは、共産党員は、皆んな宿命みた いなものに甘んじて生きているのだなーと、思った。私も党員 のときにはそうだった。自殺をするか、離党をするかに悩んで いたときがあった。「お前みたいなやつはやめちまえー」とい う、支部の長老の一言で「ハイやめます。」と、決断がついた のだが、今から考えるとアホナ話である。
 苦しいばかりで、楽しいことのない仕事などさっさとやめれ ばよかったものを、離党後も、カンパしたり、ビラ配りしたり 、配達集金したりでよく奉仕してきた。これは右向け右の戦中 の教育を受けた者の融通の利かなさのせいだろう。

 日本共産党にかぎらず、20世紀は官僚主義の時代であった。 今の社会のことはよくわからないので、もっと今はひどいのか も知れないけど、私の働いていた職場には、ワンマン課長がい て、それは、それは、ぴりぴりしていた。仕事などは二の次で 、課長の機嫌をとるのが第一の日常だった。課長は課長で、社 長の機嫌をとることに神経を集中させていた。そんなヒエラル キーの悩みを和らげてくれたのが、日本共産党だったので、飛 びついたしだいである。
 その日本共産党にも、ヒエラルキーの悩みが深刻な状態で存 在していたことには、あまり気がつかないでしまっていた。
 日本共産党は、権力をもっているわけじゃないので、いやな らさっさとやめればいいじゃないかと思うのは、平党員の考え ることで、日本共産党から、収入を得ている人々には、自由は なかったんだと思う。どちらかというと、自分のことより他人 のことを先に考えてしまうお人よしの集団が日本共産党なので 、自分がやりたくない、議員とか、常任とか、地区委員の人の ことを思いやってしまって、結果として、トップを甘やかして いたのではないかと思う。

 それでもトップが正しい路線を持っていてくれたのなら、救 いがあるけれど、非民主的組織の中で、正しい路線が生まれる わけはない。皆でもたれあって、責任のがれをしていたのでは と、おもう。
 末端の苦労を知らないお坊ちゃんの不破君に路線を一切任せ ていたのでは、盲人をドライバーに雇っているようなものだ。 知らぬが仏でみなよくついてきたものだと思う。志位さんが苦 労しているだろうことはわかっていたけれどあそこまで苦労し ているとはおもわなかった。幹部の人々は路線に疑問を感じな かったのだろうか。もっとも幹部とは、不破さん一人だという ことだから、他の人々は、自分を幹部と思っていないのだから 、路線に対して、責任を感じていなかったのだろう。
 共産党員の人は、自分は国民のためにいいことをやってあげ ているのだから、あなたは、私に協力するのが当然というよう な思いあがった人が多いから、幹部ももちろん思いあがってい たのでしょうね。
 筆坂さんの本が出たことで、鉄のカーテンの向こう側が見え るようになったので、これからは、少しは変わってゆくのでは ないかと思います。と、同時に、もう官僚主義の時代ではなく なるでしょうから。時代の制約って、一番大きいのではないか しら。
 そんなことで、私はやっぱりこれからも日本共産党を見つめ て行こうと思います。