早速のお返事ご苦労様です。
民主集中制について貴女は「本来の」というようなものを想定されているみたいですが、それは別の論議でしょう。なにしろ僕らの話の発端が、世界史上の共産党規約の組織原則の話をしてきたわけですから。共産党の組織原則としてのそれが世界的にずっと僕の言ったような類のものであるのは一致したわけですから、それでこの話は終わりにしましょう。もともと「本来の組織とは」なんて話じゃないんです。
以上のことも「梯子外し」の件も、お互い駄目な組織、指導部に一生をかけてきたもんですね。でも、党員は、こういう指導部に従う面を除けば立派な人が多いです。だから今でも僕は止められない。「頭」が変わった彼らとならば行動を共にしたいと、こういうことです。
さて、弁証法的唯物論、史的唯物論です。あなたは長い話がお嫌いなので、どうやって短く説明したものかと考えてしまいました。なんせ、実証的な話、例を上げやすい話、形式論理的な話ではなく、極めて抽象的な総合理論的な話ですから。
まー断定、結論だけ述べさせていただきますので、この点もこれで終わりましょう。もっとも貴女がこの先にも興味があるといわれるのであれば、改めてそう言ってください。
貴女が学んだ「弁証法的唯物論」、「史的唯物論」が間違っていたとその後の哲学界が変わったということです。また、マルクスの著作が、「弁証法的・史的唯物論」的と言えるような「方法」を模索しつつ書き進められてきたにせよ、その体系のようなものを彼は書いてはいないし、まとめてもいないという事実もあります。ですから、「弁証法的唯物論は、マルクスが編み出したものだと学びました」と貴女は言われましたが、後に作られた体系がマルクスのものとして語られたに過ぎないというのが間違いのないところです。体系の出発点はエンゲルスからですが、彼の「フォイエルバッハ論」などは哲学的には批判も多いです。
最後にもう一つ。「弁証法的唯物論を歴史の発展に応用したものが、史的唯物論です。ですから、対等というよりは、同じものだと思います」と貴女が言われたことについて。「同じもの」じゃないんです。昔は前者が確固とした不動のもので、後者を対等に並べると「唯物史観主義だ」と異端を見るような目で批判されたほどだったんです。つまり、区別があって、前者が「教条」だったということね。後者が対等に並び始めるなら前者も随分変わってくるということで、その後は事実そうなってきました。そういう事情の要点は以下の拙稿をご覧下さい。「理論・政策」欄、05年1月1日「日本共産党の客観主義哲学について」です。
なお、先ほども言いましたようにこの続きも話し合いたいと言われるのであれば、上の論文を読まれてから、そう言ってください。