川上慎一さんの7/11付投稿で、かって私も関わった劣化ウラン(DU)弾についての議論について触れられ、また、「組織論・運動論」欄の愚等虫さんの7/22付投稿に以下の指摘がありましたので、この際と思い、関連したことを書いておきます。
愚等虫さん:
> そのことは、地雷が「非人道的兵器」であるとされ、全廃されたにもかかわらず、クラスター爆弾は何故、許されるのかという問題から、DU、さらには核兵器という多大な人命とその後の被害では比べようもない大量破壊兵器が、何故、認められるのか、ということまで繋がるものだと思います。
この場で劣化ウラン(DU)弾に関連する議論がなされたのは2004年のことですが、その後に、関連する重要な記事がネット上にアップされました。
一つは『ウィキペディア(Wikipedia)』 の「劣化ウラン弾」の項目です。いつ公開されたのか正確には知りませんが、内容を読むと2005年のようです。たしか、「劣化ウラン」の項目の方はもっと前からあって、物質科学的な記述が全く不十分で参考に値しないと思っていましたが、こちらの「劣化ウラン弾」の方はとても良く書かれていると思いました。その中に次の記述があります。
>劣化ウラン弾頭は目下、大量破壊兵器として定義づけられてはいないが、国連人権小委員会は1996年に、大量破壊兵器(核兵器・化学兵器・生物学兵器)と並び、「燃料気化爆弾、ナパーム、クラスター爆弾、劣化ウランが含まれる兵器」を「無差別的な効果のある(indiscriminate effect)兵器」とし、これらの生産と拡散の制限と、間接的・累積的な効果等の情報収集を国連事務総長に要請した。
国連人権小委員会としては無差別な被害を生じるものを「非人道的」としているようです。通常兵器そのものの非人道性について言及すると長くなるので止めておきます。
ウィキペディアの記述でやや不足しているのは、やはりDUそのものが放つ放射線の本質についての記述です。
もう一つは「劣化ウランFAQ集 国際原子力機関(IAEA)」で、2005年03月に翻訳公開とあります。こちらの方は科学を装いながらかなり政治的に偏った記述となっていて、影響力も大きいので、まとまったコメントの必要があると思いました。
まず、「4. 天然ウランに比べると DU の放射能は多いの?それとも少ないの?」との質問への回答中、「ウラン崩壊生成物がウラン同位体と(放射)平衡に達するには長い時間がかかる。例えば、Th-230 が U-234 と平衡に達するにはほぼ 100 万年かかる。」との記述がありますが、DUの主成分はU-238であり、その崩壊生成物の最初の2つ(Th-234とPa-234)がU-238と放射平衡に達するには数ヶ月で十分です。特に後者は高エネルギーのβ線を放出するので重要です。この後に現れるU-234は半減期が25万年と長く、無関係であるのは明らかです。重要な核種について書かず、わざわざ無関係な核種について記述するのは姑息と言わねばなりません。
また、「8. ウランや DU に被曝した人々についてどのような研究が行われてきましたか?」との質問に対して「DU に対する被曝に関して、湾岸戦争(1990-1991)やバルカン紛争(1994-99)の期間に実戦を経験した軍人の健康についての研究が行なわれてきた。」とだけ書き、戦場となった一般民衆への健康被害調査は公的機関によっては全くなされていない事を暗に認めながらも、「いかなる DU に対する被曝にもこれを関連付けることは不可能である。」と短絡的に結論づけています。
次に、「10. ウランや DU は人々にどのような害がありますか?DU もしくはウランと人間の癌疾病とに明確な関連性はありましたか?」との質問についての回答として以下の記述があります。
>したがって、ウランが直接体内に挿入でもされていない限り(例えば、傷口を通して)、ウラン同位体に対する外部被曝による潜在的な危険性は極めて低い。そのうえ、アルファ粒子は放射源からたいして遠くには移動できないので、人が被曝しうるのはウラン同位体に直接接触してしまった場合だけであろう。しかしながら、天然ウランについてはこの限りではなく、通常ウラン同位体と平衡状態で見られるウランの崩壊生成物によって放出される、より貫通力のあるベータおよびガンマ放射線に対しても人々は被曝する。DU の場合に存在するベータ放出崩壊生成物は Th-234、Pa-234m および Th-231 だけであり、そのすべての強度ガンマ線の放出は低く、したがって DU に対する外部被曝の危険性は天然ウランに対する被曝よりも相当低い。
ここでは、DUについて、放射平衡に達して安定に存在するTh-234、Pa-234、および最初から不純物として含まれる Th-231がβ線を放出することを認めつつ、これらは高エネルギーγ線を放出しないので、「DU に対する外部被曝の危険性は天然ウランに対する被曝よりも相当低い」と結論づけています。天然のウランについては、β線の危険性を指摘しつつ、DUについてはγ線についてのみ言及するのもまた姑息です。DUも、天然のウラン同様Pa-234 が放射平衡に達しており、これからの2.27 MeV の高エネルギーβ線は天然のウランと同じ危険度を発揮します。この点について、「13. 劣化ウラン弾に触れると、どのような放射線障害の可能性がありますか?」との質問についての次の回答があります。
>DU 貫通体による接触線量率は約 2 mSv 毎時であり、主に DU 子孫核種のベータ粒子崩壊によるものである。この線量率では、DU 貫通体との長期接触が皮膚のやけど(紅斑)や他の深刻な放射線による影響を導くというのはありそうもない。それでも、DU 弾の取り扱いによって受ける可能性のある放射線量は、被曝や扱い時間を最小限にとどめ、防護衣服の着用が求められる水準である(手袋着用が求められる)。したがって、人々が弾丸に触れるのを確実にやめさせるために公共広報活動が必要とされるかもしれない。
ここで初めて、DUの放射線の本質が、α線ではなく、U-238の娘核種に由来するβ線であることを述べています。問い10に対して「アルファ粒子は放射源からたいして遠くには移動できないので、人が被曝しうるのはウラン同位体に直接接触してしまった場合だけであろう」との回答が全くの誤答であることを自ら明らかにしているのです。この権威ある(?)IAEAのFAQ集がもっと早くに公開されていたなら、2004年の議論における私の労力は半分で済んだかもしれないとは思いましたが、皮膚のやけど(紅斑)や他の深刻な放射線による影響がないとことを、ことさらに書いて、何を言いたいのでしょう。国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告による年間被曝線量限度は 一般人で年間1 mSv 、放射線労働者で年間20 mSvと定められています。毎時2 mSvがどれほど危険かについてもっと注意を喚起すべきです。
立て続けに二本投稿させていただきましたが、また10日間程旅に出ます。