15日、昼休みが終わろうかというとき、携帯電話がなりま した。覚えのない番号なのですが、電話を取りました。
すると「警視庁成城署の**です」と相手は言います。「平 成12年(2000年)に世田谷区であった一家4人殺人事件 の捜査で、世田谷から引っ越した人にお話を伺っているのです 」事件はTVなどで報道されています。私がかつて住んでいた 近くではあります。私は、すでに1989年の1月にその地域 から引っ越しています。
また、事件現場のある世田谷区北西部は23区の中では「田 舎」であることは、東京にお住まいの方なら少なからずご存知 だと思います。被害者一家の家のあたりは、私が記憶する限り 見渡す限りの草原地帯でした。畑も多くありました。
「とうの昔に私は引っ越しているんですがね?」
「いや、仕事なので話を伺わないといけないのです」
その後のやり取りで、私の職場の近くに刑事さんがおられる らしいことがわかり、話の流れからきてもらうことになりまし た。彼らは2人組で「世田谷から広島へ引っ越した人が20人 いるので、一人一人話を聞いて歩いている」ということなので す。
■忙しいので早く話に応じてしまう
数分後、男性刑事2人組が現れました。巡査部長と巡査長と いうことでした。「これは、取調べではありません。任意です ので」と前置きしながら、話が始まりました。はっきり言って 、任意であるなら別に話をする義務もないのですが、どうせ断 っても何回でも電話してくるだろうから、面倒なので話をする ことにしました。
話の内容は簡単でした。私がどこで生まれ、どこに住んだか 、どこの学校に進んだか、職歴などを順に答えました。そして 、被害者の一家の写真を見せられました。ですが、一家は私が 引っ越した後、移ってこられた方々です。その後、私と世田谷 区といえば、大学の1、2年の頃に下北沢でカラオケをしに行 ったくらいしか縁がありません。
それから、犯人が現場に残した証拠の写真を見せられました 。むろん私が知っているはずもなく、話は終わりました。最後 に「犯人が現場に指紋を残しているので」ということで、指紋 を取られました。本当は、これも拒否してもいいのですが、仕 事が忙しく、早く帰っていただきたいので押しました。
凶悪な事件の犯人は早く逮捕されてほしいと思います。刑事 さんはこのような遠方までご苦労様です。日本の警察というの はここまで調べるものなのです。かなりきめ細かいとは思いま す。しかし正直な話、犯人が逃げ回っているせいで愉快とはい えない思いをし、本当に迷惑ではあります。早く自首してほし いと思います。
■「早く帰りたい」が冤罪をつくる
その上で、もっと深く考えれば「これがもっと、深刻なケー スだったら」と思うとぞっとします。私は、任意だから義務は ないが、これ以上は面倒だと思い、指紋を押してしまった。多 くの人がそうでしょう。「義務のないことを権力に協力すると はけしからん。そういうことだから権力が増長するのだ」と怒 られるかも知れません。
参考:日本国憲法
第35条
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及 び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては 、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収す る物を明示する令状がなければ、侵されない。
2
捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状 により、これを行ふ。
第33条
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有 する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令 状によらなければ、逮捕されない。
しかし、ずばり言ってしまえば、今回の私の対応が、多くの 庶民の対応だと思います。「面倒なことは早く終わらせてしま いたい」よほど信念の強い人でない限り、そう思うでしょう。
容疑者だと思われてしまった場合、もっと厳しい聴き方にな るでしょう。そうなったとき,「早く帰りたいから面倒だから 自白してしまえ」という心理に追い込まれてうその自白をして しまう可能性は、本当に低いのでしょうか? 私は低いとは思 いません。憲法の以下の条項は、そういう危険が高いと判断さ れているからあるのです。
第38条
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2
強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若し くは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない 。
3
何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合 には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
殺人は事件数は少ないのですが、先日の富山での強姦事件の 冤罪などはどうでしょう? 真犯人が見つかったから良かった ようなものの、もしそうでなければ、罰せられるべき人が罰せ られず、大手を振って歩いているということになります。
あるいは、鹿児島県での選挙違反でっち上げ事件。「踏み字 」をさせたなど、本当にひどいと思います。憲法38条に定め られた権利を保障するため,取調べの全面可視化など冤罪防止 対策の徹底は必要だと改めて感じました。
■権力対個人は対等ではない
それから、権力対個人というとき、個人は非常に弱いものだ ということを思わざるを得ません。個人は生活に終われる中で 対応しないといけないのです。だから「早く帰りたいから」う その自白、ということがあるでしょう。
一方、権力を行使する人は、給料をもらってプロとして行使 しているのです。だから、対等ではないのです。対等であるよ うに、個人に対して十分な配慮をしないといけないのです。
第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務 員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
この憲法99条が、全てを語っています。私自身も、公務員 として気をつけないといけない。自戒も込めてそう思いました 。
繰り返しますが、私は、この凶悪事件の解決を願っています 。刑事さんにはご苦労様と思います。
しかし、一方で、以下の日本国憲法の条項にかんがみると義 務がないこと。そして、事件が起きたときはおろか、被害者が 現場に引っ越してくるよりまえに、転出している私の話を聞い たって、無駄だろうにという思いもあります。まして、指紋ま で取られるとは、あまり気分が良くないのは事実です。
日本国憲法 第35条
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及 び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては 、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収す る物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令 状により、これを行ふ。
第33条
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有 する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令 状によらなければ、逮捕されない。
■翌日、気になって成城署に電話する
そこで、16日の昼休み、刑事さんからいただいた名刺に書 いてあった刑事さんの携帯電話にかけました。しかし留守でし た。ついで、「警視庁成城署03-3482-0110」に電 話をしてみました。受付に内線6508を頼みました。そうす ると、「ひき逃げ事件捜査本部」に掛かってしまいました。担 当の刑事さんが、「あとで、殺人事件捜査本部からかけさせて いただきます」と回答されました。
しばらくすると、昨日、私を訪れた刑事さんから電話があり ました。私からの着信履歴を見たのでしょう。私は、刑事さん にまず「わざわざご苦労さまです」と丁寧に声をかけたあと、 「任意では協力させていただきました。指紋も提供させてはい ただいた。ほかの事には、使われることはないでしょうね?」 と質問しました。
「そういうことはありません。廃棄させていただきますので
」
「私も刑事さんも公務員ですから,これは常識ですが,憲法
33条や35条はご存知ですよね? 令状なくしては、指紋な
どは取られない(権利があることは)」
「ええ」
「ほかの事でいろいろ、使われたりしたら、TVなんかで報道 されているように個人情報漏洩で、事件になってもいけません し」刑事さんを心配するという意味も込めて、そのように伝え ました。刑事さんは何度も「ありがとうございました」といっ てました。
しばらくすると、成城警察署から電話がありました。捜査本
部の責任者の方です。
私「あのー。昨日、そちらの**巡査部長とお話させていただ
きまして」
先方「あ、そうですか。ご協力ありがとうございます」
私「あの、ちょっと気になることがありまして。」
先方「なんでございましょうか?」
私「まあ、任意でお話はさせていただきました。私は、しかし 、残念ながらお役に立てませんでしたよ。私はね、被害者が転 入される前にもう転出しているんです。私がいた時代は、あの 辺は見渡すばかりの草原地帯でした。」
先方「あ、そうですか。全国に昼夜なしで、捜査員、お話を伺 いに回っているんです。過去あの地域に住んでいた方も含めて 、手がかりを求め、お話を伺っています」
私「ええ。わかってます。大変ご苦労様です。指紋も提供はさ
せていただきました。しかし、あまり、私としては、正直、愉
快ではないもので。憲法33条、35条により、提供の義務は
ないのですよね」
先方「そうですね。ただですね、皆さんにご協力いただいてい
るもので」
私「そうはいっても、義務はないですよね。それでね,指紋は
、捜査に不要になったら廃棄していただきたいと思います。ま
さかとは思いますが、この事件の捜査以外に使うようなことは
ないように」
先方「ええ。それは、帰りましたら、すぐ廃棄するように厳重
に管理しております」
私「それならいいのですがね。私も公務員ですから気になるん
ですよ。個人情報をうっかり漏らして処分とか聞きますからね
。お互い気をつけましょう」
先方「そうですね。このたびは、ご協力ありがとうございまし
た。いつでも情報をお寄せください」
■「人間性ミス説」に立って権力チェックを
きちんと「不要になったらすぐ廃棄する」という確認ができ ました。捜査本部には、事件解決に向けてがんばっていただき たい。しかし、刑事さんたちには大事な事件だからこそ、熱意 を持って取り組んでいるからこそ、公務員として憲法を念頭に おいて仕事をしていただきたいと思いました。そのことはやは り、言って言い過ぎることはないと思います。
第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務 員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
それとともに、国民は、憲法35条、33条に規定する人権 はあるのだということは,権力に対して言っていく必要がある と思うのです。人間というものは、例え悪気がなくても、つい 熱意が行過ぎてとか、見落としがあって踏み外すこともあると いうことを念頭に置かねばならないでしょう。私は「性悪説」 まではいかないが私の公務員としての経験からも普段の市民活 動の経験からも「性ミス説」はかなりの人に当てはまるのでは ないかと思っています。
優秀な役人でもミスはするし、いや下手をすると優秀だから こそミスの被害も大きくなることもあるのです。そうでなけれ ば憲法はいらないのです。ミスに対していかに修正をかけてい くかが大事なのです。
第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努 力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、こ れを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のために これを利用する責任を負ふ。
今回、憲法を国民が国に言うことを聞かせるために「刀」に たとえれば、抜き身の刀として、相手をばっさり斬ることはし ませんでした。私も事件解決は願っている。しかし、国民には 「国家の暴走」から守られる人権があり、それをきちんと公務 員は守るべきであるということは、今回、アピールできたと思 います。