私の書いたものに関心をもってくださってうれしいです。私も灯台守さんの書いたものには、関心をもって読ませて
いただいています。
「哲学は生き残れない」の文章などはおもしろいですね。私は、次のように考えています。
科学というのは、科の学というように、確かにわかる分野に絞って、仮説をたて、実験を繰り返して、真理を見つけて
いきます。その見つけた真理は、あとで誰が繰り返して実験しても検証可能なものです。ガソリンを入れれば、車は必ず
動きます。動かなくなれば、それは車が故障しているか、寿命がきたかでしょうね。買ったばかりの車が動いたり動かな
かったりしたら、車産業はなりたたないでしょう。
それに対して、哲学はわかるものも、わからないものも含めて森羅万象を論じます。灯台守さんのおっしゃるように、唯物
論哲学も観念論哲学も哲学であるからには、間違っていることも正しいこともあると思います。
しかしだからといって、哲学が不要である、とは私は思いません。いくら科学が発達しても、わからないことは残ります。世の中の
すべてのものが解るようになることはないと思うのですが、どうでしょうか?
ですから、わからないものも含めて論じる哲学はいつの時代も必要だと思うのです。そういう意味では、哲学は大きい意味での
仮説だと考えます。その仮説に基づいて、科学は小さい分野に絞って実験を繰り返して、真理を発見していくのだと思うのです
がどうでしょうか?