共産党は、1990年代以降理論的低迷を深めている。この問題は、学生や教
員や自治体労働者など高学歴青年への共産党の影響力を弱める大きな要因と考え
る。
すなわち、高学歴の青年に影響を与えうるような理論的成果が共産党から発信
されない状況が続き、近年における青年学生運動の停滞の大きな要因と考える。
最近、派遣やフリーター青年など非正規雇用の人々の中で、共産党への関心が
高まる状況にあり好ましい状況であるようであるが、正規雇用、特に教員や自治
体労働者など今までの全労連運動での中核部隊の青年層の弱体化は、この先の労
働運動・共産党の将来に大きな暗雲をかけている。
特に全教の場合、新規採用教員の組合加入者が年間で300名を下回り、ほと
んど新規採用教員の組合加入に成功していない状況である。
共産党の理論活動の弱体化は、客観的情勢によるものと主体的条件によるもの
と二分されると考えられる。
1、客観的情勢に起因するもの
ソ連崩壊など社会情勢の変化は、日本でのマルクス主義研究の大きな退潮に帰
結した。
かつて日本の経済学研究では、マルクス経済学が大きな地位を得ていたが、ソ
連崩壊以降、大きく退潮し、マルクス経済学研究の衰退すると同時に、大学でも
マルクス主義の講座や学科目が大幅に減少し、マルクス主義研究の教員が退職後
は補充もされない状況が続いている。
かつては、マルクス主義においては現代資本主義を国家独占資本主義と規定す
る国家独占資本主義論が大きな位置を占めていたが、最近は国家独占資本主義と
いう言葉そのものが死語になりつつある。
このような日本全体でのマルクス主義・科学的社会主義の退潮という状況が共
産党の理論的停滞をもたらす一つの大きな要因である。
資本主義もこの間の世界的金融恐慌からの経緯で、大きな矛盾を抱え、日本で
の派遣労働者切り問題のように世界・日本の多くの人々に大きな困難をもたらし
ていることは明らかとなっているが、資本主義に変わりうる社会体制は明確では
ない。
共産党の主張する社会主義・共産主義という社会も、空想的段階にとどまり、
その社会像をめぐっての活発で真剣な議論も不在である。
資本主義の枠内での民主的改革を共産党も主張しているところであるが、それ
がどのような社会なのか、不明確である。また、その社会が世界の社会民主主義
が目指してきた福祉国家体制とどう違うのかも明確ではない。
共産党の福祉国家という理念への今日時点の評価も明確ではない。
かつては、福祉国家論は修正主義であり、資本主義の下で福祉の拡充した社会
など実現しようがない、という否定的見解であったが、1990年代以降の社会
科学研究の中で、福祉国家への議論が活発になされ、かつての国家独占資本主義
論が福祉国家論へと社会科学上の研究が展開して状況で動向である。北欧福祉国
家の研究も高揚したが、共産党の綱領や大会決定など公式文書では福祉国家とい
う用語は一切使用されていない。
社会科学の研究動向と共産党の理論の間での大きな乖離が生じている。
共産党によれば中国などを、「市場経済を通じた社会主義共産主義を目指す
国」と高い評価をしているところであるが、中国はチベット問題や格差問題など
様々な矛盾を抱え、到底日本が目指すべき進路を考える際に参考とすべき社会と
はいえないことは、多くの国民の認識であろう。
共産党が中国を高く評価すればするほど、国民の常識との乖離が広がろう。
2、共産党の主体的条件によるもの
近年の共産党内における党内議論・論争が皆無の状況が続いている。
かつて第7回党大会から8回党大会までの間は、党内に様々な理論論争が活発
であったが、80年代以降は理論論争が皆無となっている。
私は、党内での最後の理論論争は、70年代後半の田口・不破論争ではないか
と理解している。田口富久冶氏が(『先進国革命と多元的社会主義』大月書店、
1978年)を出版したところ、不破哲三氏が『前衛』で批判論文を掲載し、そ
の批判への田口氏の反論も『前衛』に掲載され、共産党の雑誌において、前衛政
党論が公開論争された。
それ以降(80年代以降)は、ネオマルクス主義批判など、公開論争という形
態ではなく、ネオマルクス主義学者を規約違反で査問・処分するという対応を行
い、それ以降党内論争の芽は潰え、今日に至るまで公開の党内論争は起きていな
い。
党内論争が起きない・認めない政党が理論的停滞をすることは自明の理である。
ネオマルクス主義批判・弾圧により共産党内で理論論争を行う基盤が崩壊し、そ
れ以降共産党の理論的低迷状況が継続している。
自由な党内論争を許さないような党運営が、党の理論停滞を引き起こしたとい
える。