オバマ大統領が、人種差別のるつぼであるアメリカ合「州」国において初の黒人大統領となった。マスコミの圧倒的なオバマ賛美の渦巻く中で、日本でも見識をもつ知識人の中では、必ずしも賛成ばかりではない。
弁護士の河内謙策氏は、ウェブスター・G・タープレイ著、太田龍監訳『オバマ 危険な正体』成甲書房を読み、オバマ大統領への見解を一変させたという。氏は、この本から以下の三点を導いている。すなわち、
①オバマは、1980年代から、ブレジンスキーとロックフェラーによって将来の大統領候補として要請されたスターであること
②今度の選挙戦は三極委員会などによって仕切られたものであり、カラー革命の手法が応用されていること(河内氏流に言えば、CIAの手法が、アメリカ国内で使用されていること)
③オバマは傀儡であり、外交については、ブレジンスキーの、ロシアを地上から消滅させる戦略が目指されていること
④オバマは、民衆に政治への幻滅を育て、次にくるファシストへの露払いかもしれない
河内氏は、細部は別にして、上記の①~③に賛成し、賛成するにせよ反対するにせよ、平和活動家にとって必読の本であることは間違いないと断言する。
私はたった一冊の本で決定的にオバマ評価を転換させた河内氏に驚いた。だが、このようなオバマ批判は、河内氏だけではない。
元外交官で評論家の天木直人氏は、オバマ政権の最大の課題は、「金融危機の解決」と「米国外交の立て直し」であるが、これらをオバマ氏は実現できないと言う。
金融危機の解決が容易ではない事は確かであろう。だが、これらはオバマ以前の政治家たちの負債である。これをオバマが早急に解決できないとしても、原因はオバマにはないし、すべてをオバマにおしつけることは、酷な注文ではあるまいか。
米国の金融危機は、もはや米国だけでは乗り切れない。天木氏はこういう。
普通の事をしていては解決できないのだから米国は自らの生き残りのために、詐術を弄し、法外な要求を他国に求めてくるに違いない、と。
天木氏のオバマ批判は外交においてもっと辛辣である。
オバマ外交は決してブッシュ政権の「軍事力に任せた単独主義、先制攻撃主義」を否定して、平和外交を進めるといったものではない。それどころか、「テロとの戦い」を徹底し、反米テロの本丸であるアル・カイダ壊滅に向けてアフガンへの増兵を行なうものである、と断定する。
そのことが明らかになった証拠として、就任演説をあげる。
そこではテロとの戦いの継続を宣言した。就任直前に起きたイスラエルのガザ虐殺に対しても、1月22日に行なわれた就任後初の外交演説において、「イスラエルの自衛権を常に支持する」と言い切った。これらの断定はこう続く。
ブッシュ政権がもたらした不始末の解決を、ブッシュ路線の否定ではなく、そのための協力をより強く国際社会に求めて、その最大の期待国が日本であるという。
天木氏は、すべては米国の不始末で惹き起こされた経済危機であり、膨大な人命の喪失であり、あたかも何者かが世界を誤魔化すためにオバマという操り人形を送り出し、オバマ旋風を起こし、その熱狂のかげに隠れて危機を乗り切ろうと画策しているのだという。
天木氏の考えはこうだ。
オバマ政権との間で、来年は日米安保条約締結50周年を迎える。これを機会に日米同盟をより強固で永続的なものにしなければならない、という議論が花盛りになる。これは米国が周到に考えてきた日本占領の完成ということではないか。もちろん平和憲法は事実上なくなることになる。天木氏の言う方向性を私は鵜呑みにはしない。私見は後で述べる。
評論家の田中宇氏はこういう。
オバマは就任早々の1月22日、グアンタナモベイ米軍基地(キューバ島)にあるテロ容疑者の収容所の閉鎖命令を発したものの、それはとりあえずという感じでしかなく、閉鎖後に拘束者をどのように処遇するか未定だ。米本土にある米軍基地内の収容施設を作って移す手もあるが、そうなると米国の法律に基づいて裁く必要がある。これまでキューバ島の米軍基地という外国の収容所で拘束していたので、拘束者には米国の法律が適用されなかったが、米本土の施設に移送するとそうはいかない。拘束者をアフガンやサウジアラビアといった母国に送還し、母国の政府に裁かせる手もあるが、送還された翌日から拷問されるとか、釈放されてテロ組織に戻ってしまうといった懸念も出されており、処遇を決められない。オバマは、ブッシュの政策から脱却したくてもできない状態にある。
またイラクから撤退について、田中氏はこう考えを述べる。
オバマは、就任から1年4カ月以内にイラクから米軍の戦闘部隊を撤退する構想を選挙期間中から表明し。大統領就任の翌日、米軍首脳に対し「責任ある派兵削減計画」を作るよう命じた。これは選挙公約の実施であると報じられている。
しかし田中氏は、オバマのイラク撤退計画の隠れた要点は、撤退させるのが「戦闘要員」だという。オバマ当選後・就任前の昨年末、すでに、イラク軍の訓練や軍事顧問活動などをおこなう戦闘要員以外の米軍要員を3万-7万人の規模で、2011年以降もイラクに残す必要があるという話が出ている。「戦闘要員」の名札を「訓練要員」に変えるだけで、今の駐留米軍のかなりの部分を、今後も末永くイラクに残存させることができる。
ブッシュ政権では、ラムズフェルド元国防長官らが、軍事産業の代理人として米軍の戦略を軍産複合体好みに仕切った。オバマはこのような状況を批判し、産業の代理人(ロビイスト)の影響力は排除すると、選挙期間中に何回も力説していた。しかし実際のところ、オバマ政権の国防副長官に指名されたのは、米国第2の軍事産業であるレイセオン社の副会長をしていたウィリアム・リン(クリントン政権時代の国防次官)だった。オバマ陣営は、この人事は選挙公約違反だと認め、能力のある超党派の人なので選んだと釈明した。
さらに注目すべきは、天木氏はオバマはイラクよりアフガニスタンに注力する姿勢を打ち出し、イラク問題は新政権の「10大重要課題」に入っていないとする。
オバマは、アフガニスタンに関してブッシュ時代の失策を脱却しているかというと、そうでもない。オバマ就任直後の1月23日、米軍は前政権時代から続けてきたパキスタンに対する無人戦闘機による空爆を挙行し、アフガン・パキスタン国境地帯で22人のパキスタン人を殺した。米軍はタリバン系のゲリラの拠点を空爆したはずだったが、殺された中には少なくとも4人の子供が含まれていた。
パキスタンは現在、アフガン駐留の欧米軍に陸路で物資を運べる唯一のルートである。米軍が空爆で一般市民を殺すたびに、パキスタンの世論は反米に傾き、パキスタン政界では親米の政府が困窮してイスラム主義が強くなり、アフガン占領の成功は危うくなる。オバマは、パキスタンの怒りを扇動するブッシュのやり方を継承してしまっている。「ブッシュはイラク占領の泥沼に沈んだが、オバマはアフガン占領で泥沼に沈む」との予測も、すでに出ている。
また、田中氏は、財政対策についてもこう述べている。
オバマ政権は、失業対策としての財政出動計画も、効果があいまいだ。オバマは就任前、約8000億ドルの財政出動によって2年間で200万人の新たな雇用を創設する構想を発表したが、米国の失業増が予想以上の急ピッチで、200万人では足りないと言われると、財政出動額を増やさないまま、創設される雇用の人数だけを、300万人、そして400万人へとふくらませた。同じ支出額で、どうやって雇用創設数を倍増できるのか、中身については述べられていない。
さて、これらの知識人のオバマ批判の特徴は、ブッシュ時代に壊滅的な打撃を被ったアメリカ経済のみならずグローバルな財政破綻と世界的軍事外交破綻をきたしたアメリカ政府による国際世界の危機的状態を、どう見るかだ。
いかにオバマが優れていたとしても、就任ひと月も経たずに、オバマが抜本的政治を実行できるのだろうか。政治も経済も、社会的構造や社会構成体、政治的システムのもとで推移する。オバマを反動政治勢力の傀儡と見る河内謙策弁護士の見解は、別格としても、天木氏も田中氏も、オバマが急速に実行できなかったことを指して、その能力や政治家としての資質を批判されている。
私はこう考える。
オバマが大統領に就任する可能性が高まった時に、ヒラリー・クリントン候補さえ、公然とオバマが暗殺された時の自分自身の大統領就任の可能性に触れていた。オバマはかなりの高度の政治的判断をおこなっているとみる。共和党からも政府に要人をまねいて挙国一致政府を構成している。
そんなオバマを反動勢力の高等戦略とみなすことも考えることはできる。だが、一気に政治転換をはかることがアメリカ国内の安定を崩すという判断もありうる。オバマは二年間は自分の独自政策を展開するには、ブッシュ時代までのアメリカは壊滅的な危機に陥っている。まずは、資本主義をどうルールに則ったものとして再建するかだ。
さらに、資本主義の腐朽する最後の段階に達していても、帝国主義の本国であるアメリカの民主的変革は、世界的に巨大な影響力を及ぼすであろう。かりにオバマが、河内氏が危惧する傀儡に過ぎないなら、失望したアメリカの民衆達はそのときこそ、本当の変革者を押し出すだろうから、オバマが傀儡かどうかを「いま」危惧するにはおよばない。
つまり、オバマがアメリカの中流からそれ以下の民衆たちを裏切る政治家であるなら、アメリカの民衆はポスト・オバマをリーダーとして、アメリカ民主革命に立ち上がる。
アメリカは、建国以来、西部へ西部へと拡張侵略政策を続けてきた。アメリカ先住民を虐殺し、西へ西へと続く侵略はベトナム、アフガン。イラン、イラクとつづいてきた。
だが、アメリカは同時にもうひとつの顔をもっていた。ジェファーソンによる独立宣言、ヨーロッパの人権思想をうけつぎ、リンカーン大統領の奴隷解放革命、キング牧師、戦後もっとも早くから一貫してすべての核兵器廃絶を唱えたジョン・サマヴィルなどアメリカ民主主義には、世界的支配権力のイデオロギーとなったアメリカン・デモクラシーとは異質な永久革命としての民主主義思潮が根付いている。それは詩人ホイトマンが「草の葉」としてうちだした「民主主義の展望」につまびらかである。
その点で、日本共産党の以下の見解はオバマ当選のときのしんぶん赤旗の公式見解として、かなり妥当なものと思われる。
すなわち、
今回の選挙は米国民が八年間にわたるブッシュ政権の路線を拒否し、新しい政治を模索していることを明確に示しました。オバマ氏には、国民の期待に応えることが求められている、と述べている。
さらに、
イラクとアフガニスタンの二つの戦争は、戦場の国民だけでなく米国民にも多大な犠牲をもたらしながら、いまなお出口が見えない。先制攻撃戦略という国際法と国際世論を踏みにじったブッシュ路線の破たんを象徴している。
一方、市場原理を信奉し規制緩和を進める新自由主義の経済政策は金融をカジノ(賭博場)に変え、米国発の金融危機となって世界を混乱に陥れている。
オバマ氏が掲げた「チェンジ(変革)」のスローガンは、新たな方向を求める米国民の期待と重なり合って勝利をもたらした。
オバマ氏は選挙中、ブッシュ政権の政策を批判し、イラクからの米軍撤退や核兵器廃絶、金融規制の強化などを提起してきた。他方、アフガンでの戦争で勝利をめざす立場を鮮明にし、米軍を増派する構えである。安全保障では「超党派」の政策をとるとし、共和党員を閣僚に迎える可能性も否定していない。
オバマ氏の勝利を決定づけたといわれる経済政策でも、従来の民主党の路線をどこまで変えられるのか? オバマ氏には選挙で支えた草の根の声を反映し、真の「変革」を進めることができるかが問われている。
進歩的な歴史家として著名なハワード・ジン氏は、米国の政治体制ではオバマ氏に投票する以外にないとしながら、「オバマ氏が自分を取り巻く伝統的な考え方や企業利益を拒否し、真の変革を求める幾百万人の国民に敬意を示す」よう求めている。
以上のように共産党は見解を展開し、最後にこう結論づけている。
日本政府はこれまで「日米同盟」を最優先し、ブッシュ政権の政策を支持し、イラクやアフガニスタンへの戦争を支援してきた。経済政策でもアメリカ型の資本主義を信奉し、日本に持ち込もうとしてきた。オバマ氏の勝利は、日本政府がとってきたそうしたアメリカ言いなりの政治が、いまや通用しなくなっていることをしめした点でも重大である。
日本も「日米同盟」に固執した対米関係を見直すべき時である。
これらの見解の結論として、日本の知識人は、まず日本とアメリカの軍事的経済的隷属同盟を見直し、これを是正し、アメリカの軍事経済政策を批判し、日本の自立的産業・経済についての毅然とした政治姿勢と政策を模索するべきなのだ。それら日本の自民党公明党政権を批判し、護憲の統一戦線政府も立ち上げることもできずに、奴隷制度のもとで暗黒の隷従下で耐えしのいできた黒人解放運動が生み出した黒人系大統領をよくもあれこれ批評できたものだ。まず、日本を見つめねば。