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一般投稿欄

沖縄県民のこころと「友愛」「寛容」の思想

2009/12/5 櫻井 智志

 鳩山内閣は、一方では自公政権による政治の停滞を一新する活性化をみせている。 しかし、その一方民主党連立政権特有の矛盾と限界とをもっている。

 まず、私は鳩山由紀夫氏の説く「友愛」について肯定的にとらえている。フリーメ イソンの独特の政治結社の理念であるとか、祖父鳩山一郎氏の反動的な政治理念の残 骸と説く論者もいる。しかし、私はフランス革命の「自由・平等・博愛」を近現代政 治は、自由と平等のみしか実現しえず、「博愛としての友愛」は、今後の思想的課題 と把握した唯物論哲学者古在由重氏の主張に大きく肯くものである。
 また、実践的唯物論哲学者として日本の戦後の唯研をリードした芝田進午氏が、晩 年に「人類生存のための思想」を力説して、核兵器廃絶やバイオハザートとしての細 菌兵器開発の危険性を訴えて、国立感染症研究所が新宿の住宅密集地に移転し、実験 を強行した事実に、文字通り身命を賭して原告団団長として裁判闘争に立ち上がり、 ついには東京地裁一審判決を直前にして、ガンに斃れたことも脳裏に残る。芝田氏 は、史的唯物論において、寛容の思想の重要性を述べて、今日の科学技術の革命的発 展とその資本主義的疎外形態に鋭い危機感を表明していた。そして、人間性を尊重し て民衆の立場を重んじつつ寛容や友愛を主張する論者の見解を大幅に重視しておられ た。
 そのような文脈で、私は鳩山民主党を批判する見解において、「友愛」を軽んぜら れる論調に与することができない。

 しかしながら、その鳩山民主党政権が、アメリカ政府高官の意のままに、沖縄の基 地問題をまたもや沖縄県民の心をないがしろにするような政策にずるずるひきずりこ まれていく様相を、「これで友愛か!?」と嘆かざるを得ない。

 世界中に平和を訴える沖縄県民の願いを歌に託した喜納昌吉の名曲『花』は、作者 本人を越えて日本でもそうとうの人々の持ち歌となっている。それだけの喜納氏が民 主党から立候補して国会議員となっているのは、沖縄県で喜納さんを通じて民主党に 反基地反核の願いをこめた県民の心の結果であろう。
 民主党が政権について、沖縄からなんら米軍基地の犯罪が変わることなく居すわる ならば、自公政権と変わらないどころか、沖縄の革新統一戦線にも重大な損傷を負わ すこととなるだろう。
 最近のサンデー毎日は驚くべき情報を掲載していた。それは、反動勢力が、鳩山総 理の母親を証人喚問し、さらに地検が鳩山氏の秘書を起訴して、最終的には鳩山首相 を政権の座からひきずりおろし、予算通過と引き替えに来年四月に首相を解任させる 策略を弄しているという計画である。そして、鳩山首相の辞任表明は、民主党小沢一 郎幹事長の周辺から漏れてきているという12月13日号の記事である。
 自民党にも良識のある政治家は存在するし、民主党にも危険な軍拡論者は存在す る。その点でも、民主党政権がすべて正しく、自民党公明党の指摘がすべて間違いで あるなどということはあり得ない。政治の力学の中で微妙な議論と政策の展開が見ら れている。
 それでも、「政権交代」に託した国民の悲鳴は、自殺率、失業率、国民各階層の社 会融解状況とでも言うしかないような悲惨な現実から始まった。

 大企業の暴利と軍拡論者の戦争展開政策の仕掛けが、自公政権安部内閣までの急激 な軍国主義政策の展開として見たとき、民主党連立政権の誕生は、左翼政権にではな く、よりましな政権を求める国民の一票一揆の結果である。また、背景に二大政党制 を日本政界に育成しようとする支配層のもくろみが、過半数の投票で七割、八割の議 席を獲得する仕掛けを実現させたことにも、目をつむるべきではない。

 急激に流動する国内政治の変化のなかで、自由や平等を求めて議会制民主主義や社 会福祉国家の試みなど第二次大戦後の政治は方向を模索してきた。階級闘争や人類生 存のための取り組みが欠かせない現代に、寛容と友愛の思想は、それがよりいっそう 国民内部の対立と分裂を、より平和と軍縮の方向に向けて、具体的に模索される段階 を迎えている。それは総理鳩山由紀夫氏が言うよりも深化され進化された今世紀の思 潮として、追求されていかねばならない。
 アメリカの社会派映画監督マイケル・ムーア氏は、そのすぐれたドキュメンタリー 映画によって世界中の映画人と映画ファンに絶賛されてきた。そのムーア氏の最新作 は『資本主義』。アメリカが、世界中に振りまいたパックス・アメリカーナの幻想は すでに破綻した。格差社会、度重なる民族紛争、経済破綻、社会福祉の低下など資本 主義は、いよいよ末期的な症状を呈してきた。同時にソ連や中国の社会主義とよばれ たものにも未来社会の理想像はないに等しい。資本主義による世界的末期症状のなか で、資本主義社会のなかから、どれだけ世界中の民衆が互いの「交通」(フェアケー ル、コミュニケーション)を奇形的な形態から全面的に開花したものに転換していく かは容易な作業ではない。それでも、フランス革命以来の「友愛」やイギリス経験論 が豊かに展開した「寛容」は、新しい今日的な社会像、世界像を建設する上でキイ ワードのひとつとしては十分にその資格を果たすことになろう。

 鳩山民主党連立政権を容易にたたきつぶすよりは、より豊かな政策主体に発展させ るよう強くせまることで、今日の日本社会の混迷を打破しよう。とくに、社民党がこ だわりを見せている沖縄県民の心を最大限、いまの政権のもとで政策に実現する下か らのもりあがりを効果的につくりあげていくかが、現在最大の分岐点となろう。