小林多喜二が1933年に築地警察署で特高の拷問により29歳で虐殺されたことは、一般にも知られていることですが、この虐殺にかんして一つの疑問があります。ご存知の方がおられれば、教えていただきたいのです。それは、この虐殺にかんして、戦前・戦後をつうじて殺人罪で刑事告訴がなされたのかどうかです。戦前は治安維持法という悪法があったことが、この虐殺の背景にあったとは思いますが、裁判にもかけられずに、拷問死させられたわけですから、権力側の殺人罪が問えるのではないかと思うのです。
実際に刑事告訴され、裁判所から却下されたのか、そもそも、そのような刑事告訴そのものがなされていなかったのか。そのことについてなにか情報をおもちの方がおられれば、ぜひお知らせいただきたいのです。また、このような戦前の特高による虐殺事件をこれからの歴史にとどめるため、築地警察署のちかくに、多喜二の記念碑を共産党が中心になって作ることをお願いしたいと思うのですが、乗り気がないなら、べつの方法も提唱しようと思っております。