はとさんと風来坊さん・道祖神さん・カップめんさんの議論を、大筋を
追って参照していました。
あらかじめ申し述べておきますと、私も、尖閣諸島領有権帰属に関する日本共
産党の見解は、概ね正当であると考えている者ですから、はとさんとは結論にお
いて対立する者です。
ところで、はとさんと風来坊さんたちとの議論の、論題(=尖閣諸島ないし釣 魚台諸島の領有権は日中何れに帰属するか)と結論ははっきりしていますが、論 点に対する双方の見解の応酬は、かなりすれ違っているように思います。 議論では、結論がどうあれ議論そのものは、各自が自らの見解を述べ合えばよ いのですから、誰の主張であっても公平に扱われる必要があると思います。その 公平さは、議論の当事者において最も尊重されるべきでしょう。
そうした観点から見るとき、はとさんの議論の仕方には、無視できない不公平 さがあるように思います。「『人の振り見て、わが振り直せ。』この言葉をあな たに差し上げます。」など最大限の悪口を相手に投げつけながら、例えば、「下 関条約(しものせきじょうやく)は、1895年4月17日に春帆楼(しゅんぱんろ う)で締結された、日清戦争後の講和会議における条約です。正式名称は日清講 和条約(にっしんこうわじょうやく)。略して日清条約でいいでしょう。」とい うところなど、その例として挙げられるでしょう。
近代国際法以後、国家間の条約の中でも「講和条約」だけは、戦争を終結させ
多くは領土画定条項を含む合意規範であるという性格から、特別の地位を与えら
れてきました。それを呼ぶ場合に、ヴェルサイユ条約、サンフランシスコ条約な
ど、「講和」という文言を省略して呼ぶことはありますが、それらは多くが条約
が調印されたり講和会議が開かれたりした土地の名前であって、講和当事国名を
冠して呼ぶ場合に「講和」を省略する慣習はありません。ちなみに、グーグルで
「日清条約」という語を検索してみると、そのほとんどが「日清講和条約」で出
てきます。「日清」という二文字の修飾に直続する語は「戦争」で出てくるだけ
で、これ以外にも「日清修好条規」などがヒットしますが、日清講和条約の説明
に「下関条約」と併記されていても、「(略称日清条約)」というような表記は
ありません。
ですから、「日清講和条約。略して日清条約でいいでしょう」というのは、誰
が主張していることなのか、その根拠は何かを明示しなければ、カップめんさん
に本当に反論したことにはならないはずです。国際法規範である条約の呼称を議
論しているのですから、「これでいいでしょう」などという自分の主観的感覚を
根拠とするのではなくて、客観的な国際慣習や歴史学上の呼称方法を引証すべき
なのです。
こうした議論の仕方を改めないと、誠実な議論はおよそ不可能です。
こうした議論の仕方は、この議論の実質的な出発点となった11月5日付はとさ んの投稿中にも見られます。
例えば、「そこで私は以下にこの尖閣列島(釣魚島)は台湾の属島であり日本
の海域ではないことを証明する」とはとさんはいわれていましたが、その「証
明」は本当に果たされているのでしょうか。(なお、「台湾の属島であり日本の
海域でない」という表現は変です。「日本の領土でない」というべきでしょ
う。)
ご自分が冒頭に提起し設定された「課題」を、もう一度確認していただきたい
のです。
まず、引用以後のはとさんの投稿を参照しても、「尖閣列島が台湾の属島であ る」ということの「証明」はまったくなされていません。そもそも、これは修辞 学の議論ではなくて、国際法上の領有権に関わる議論なのですから、ある島が国 際法上「属島」として「主島」と同じ領有権に服する要件は何なのか、その場合 の「主島」に該る島が台湾であって沖縄ではないと言える根拠は何なのかを確定 しなければ、それから先に議論は進めないはずです。しかし、肝腎のその点の議 論がないのです。
この点まず、1928年4月4日の米蘭間の「パルマス島事件」に対する常設仲裁 裁判所判決が、「自国海岸に比較的に隣接する島についてその地理的位置によっ てそれが自国に属する、と主張した国家はあるが、領海外に位置する島につい て、ある国家の領域がその島の最も近い大陸か相当規模の島であるというだけの 事実から、その島がその国家に所属すべきだという主旨の実定国際法の規則の存 在を示すことは不可能である。(中略)領土紛争の国際仲裁判例は、領域の連続 性よりも、主権の発現行為に対して、より一層大きなウエイトを与えるように思 われる」と述べていることを参照するべきでしょう。
「属島だから自国領だ」とする論法については、「環球時報」9月19日付記事 などにおいて、中国政府が、釣魚台は台湾の付属諸島であり、そうでなくても 「琉球の付属諸島であって、琉球は日本の明治政府が(朝貢関係にあった、正確 には、江戸時代薩摩藩の侵攻によって「日清両属関係」にあった――樹々の緑註) 清国から奪った。いまも日本政府は沖縄住民の独立要求を押さえ込んでいる」と 主張していることは知っています。
ところが、右の主たる主張で「主島」とされている「台湾」に対する清国の 「領有」自体についても、1874年の牡丹社事件(これ自体は、近代日本のア ジアに対する帝国主義的侵出の第一歩と位置づけられるべき事件です)において 清国政府は、「牡丹社は生蕃であって清国の支配には属さないから、清国に責任 はない」と公言しているのです。つまり、当時台湾の一部についてさえ、清国の 「実効的支配」が及んでいないことを、清国政府自らが認めているのです。無人 島ならばいざ知らず、人間が永く住みついている島の領有権を主張するのに、 「実効的支配の意思と事実」が不可欠の要件となることは、はとさんもご承知の ことだと思います。
次に、なぜここで、「そうでなくても」と一拍置いて「琉球の付属諸島だ」と
いう主張が出てくるのかといえば、日清戦争による領土割譲条項においても、第
二次大戦の戦後処理においても、尖閣諸島が対象から外されていたこと、実際上
戦後アメリカの占領時においても尖閣諸島が「施政権」の対象範囲に含められて
いることに何ら抗議をしていないこと(一方では「アメリカ帝国主義」と口汚く
罵ることには熱心でしたが…)、したがって、自国の領有範囲にないことを黙認
していたといわれても仕方がないことを、中国政府が意識しているからとしか考
えられません。だから、日清戦争以前の歴史的事象に「日本が奪った」根拠を補
充的に求めておかねばならなくなってくるのです。
しかも、この「補充的根拠」に至っては、あからさまに「清国の服属国である
琉球を日本が清国から奪った」ということが根拠なのですから、この論法で「釣
魚台は中国領だ」と主張するならば、少なくとも尖閣諸島については「中国が琉
球住民の独立要求を押さえ込」む結果とならないのか、何をか言わんやという気
がするのですが、どうでしょうか。
また、日中国家間論争において中国政府は、釣魚台諸島が台湾からではなく中 国本土からの大陸棚延長上にあるということを指摘しているらしい(私は直接確 認していませんのでこういう表現をお許し下さい)ですが、そうなると、「属 島」という根拠でさえ当然に言えることではなくなってくることは、明らかでは ないでしょうか。
こうなってくると、まさに支離滅裂で言いたい放題、という感を禁じえなくな ります。
こうして、11月5日付の投稿中ではとさん自らが立てられた「尖閣列島(釣魚
島)は台湾の属島であり日本の海域ではないことを証明する」という課題の前半
部分が、けっして果たされていないことは明らかになりました。
では、その後半部分「日本の海域(領土――樹々の緑註)ではない」という課題
については、「証明」は果たされたのでしょうか。
日本側主張(日本共産党の主張もこの点では同じ)の眼目は、近代以前の歴史
書などにあれこれ記述が散見されているとしても、先に名前を付けて言及すれば
領有が認められるわけではなく(前記パルマス島事件常設仲裁裁判所判決も、
「発見のみでは、いかなる後続の行為もない場合には、今日ではパルマス島に対
する主権を証明するには十分ではあり得ない」と述べています)、当該諸島に対
する実効的支配の意思や事実が認められない(無人島のままであり、清国~琉球
王国間の冊封使往復における航路上の標識としての意義程度である)以上、尖閣
諸島は近代に至るまで国際法上は「無主の地」であった、したがって、近代国際
法上の「先占」が成立する時点で、先占した国家の領有権が成立する、そしてそ
の「先占した国家」とは日本に他ならないということです。
したがって、仮に、はとさんが自ら立てた「台湾の属島であることを証明す
る」すなわち「無主の地などではなかったと証明する」課題を果たすことに失敗
しても、これとは別に、「先占」が成立していないということも、日本の領有権
を否定するために、はとさんは「証明」する必要があったと思います。
ところが、はとさんの主張はここでも迷走するのです。
その最大の「迷走」は、おそらく故井上清氏の著作に影響されたものだろうと 思うのですが、12月7日付風来坊さん宛の反論投稿中で「(1895年1月の閣議決 定による尖閣諸島の沖縄県への編入を)周辺国には特に伝えられなかった」「周 辺国には伝えられなかったのであるから剽窃でしかない」ことを、先占が成立し ない根拠としていることです。
しかしこれは、はとさんがリンクを貼られた巽良生さんのサイトにある井上さ
んの論文中にも著作が引用されている故田畑茂二郎京都大学名誉教授の、別の著
作中でも明示されているように、「先占が有効に行なわれるためには、(1)ま
ず、先占を行なう国家が、その土地を自己の領有とする意思のあることを、なん
らかの形で表示することが必要である(他国へ通告することはかならずしも必要
ではない)」(田畑茂二郎『国際法新講(上)』東信堂1990年4月15日刊191頁)
というように、近代国際法の理解としては誤りです(引用文中のかっこ書き内を
読んで下さい)。
井上清氏は、歴史学者ではあっても国際法学者ではないと指摘されることがあ
りますが、こうした点に関する不用意な言明が、この評言の念頭に置かれている
ことは十分推測できるでしょう。
ここで注意しなければならないことは、前提として、この時点で日本政府は尖 閣諸島を「無主の地」だと認識しているのですから、日清戦争中であるかどうか は問題とならない、ということです。それが「剽窃」となるのは、「日清戦争中 のドサクサに紛れて中国から奪った」という主張を前提にして初めて可能なこと であり、結局、はとさんの主張は「無主の地ではない」=「中国の歴史的領土で ある」ということのトートロジーに過ぎないのです。自己の主張を以て自説の論 拠とすることのおかしさは、はとさんにも十分理解できるはずです。
なお私は、近代国際法なるものが、大航海時代から連なる西欧・欧米植民地主
義を支えた法規範であると思っていますから、それが、現在から見た「正義の原
則」に従っているとは必ずしも考えていません。しかし、2001年8~9月に開か
れた国連ダーバン会議の決議も、植民地主義を支えた過去の国際法規範に基づく
秩序を遡及的に否定・改変しようとする動きではなく、歪められた国際秩序を将
来に向って是正していく国際的責任を問おうとしているものだと理解していま
す。
はとさんの議論には、まだまだ「?」と思われる点がありますが、私の時間の
余裕もないので、これくらいにします。(12月14日)