福島第一原発事故後に食品の放射性物質検査をしている国立医薬品食品衛生研究所が、東京都世田谷区から移転する計画が固まった。移転先は、川崎市川崎区の臨海部にある殿町国際競争拠点。川崎市は、二月二十四日に、市議会で関連予算案の説明を始めた。
衛生研は、医薬品や食品の品質、安全性の評価に関する試験、研究をしている。1874年に東京司薬場として発足した国内初の国立試験研究機関。
東京都府中市への移転が当初は計画されていた。しかし、病原菌を扱う実験室設置をめぐり反対運動が起きた。昨年三月、府中市議会が移転計画中止を求める意見書を可決した。
病原菌を扱う実験室については、東京都新宿区の住宅街に移転を強行して、実験差し止めの裁判が争われた「国立衛生研究所強行実験差し止め裁判」の前例がある。哲学者の芝田進午元・広島大学教授らの住民が原告団を結成して、裁判は最高裁まで争われた。
この裁判では、病原菌を扱う実験室で行われた病原菌が、国際的な基準から見ても安全性の確保に危険性があり、もし研究機関から外に病原菌が漏れ出た場合には、周囲の早稲田大学などの教育機関や住宅密集地に取り返しのつかない重大な危険を及ぼすことの問題点が浮き彫りにされた。国立衛生研究所をめぐる裁判では、東京地裁から一貫して被告側の国が勝訴して、最高裁でも勝訴した。原告団団長の芝田氏は、第一審の地裁判決の目前で、胆管がんのためにご逝去された。
さて、そのような経過を踏まえて、府中市では前記のような市議会の移転中止の意見書採択が可決された。では今回の移転先の川崎市臨海部での安全性はどうか。
殿町国際競争拠点は、川崎市、横浜市、神奈川県が取り組む国指定の「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」の一部である。その面積は約2.7ヘクタール。東京湾を埋め立ててできた臨海部で、その周辺一帯は昼間の人口に比べて夜間居住人口は皆無に近いという特別な地域で、住宅地からは離れているが、決して無人地区ではなく、むしろ京浜工業地帯の中核の大工場が隣接する地域である。
目下反対運動は起きていない。けれど、大企業の厳しい労務管理下にある工場労働者たちは、住宅街に比べて、反対運動は組織しにくい労働現場での、しかも周囲のことなので、自覚的な人々も動きにくいだろう。
用地の取得費は、18億円が国が、36億六千万円は地元川崎市の負担であり、しかも予算新年度から三年間で全額支払う。建物は国が建て2014年度に着工する。
川崎市総合企画局は、「再生医療分野では、革新的な医薬品を評価解析する基準づくりが課題である。衛生研で進めてもらえば、再生医療が進む」と期待しているという。
では、府中市市議会はなぜ反対したか。ひとつは、住宅地での実験そのもののもつ安全性への疑問があろう。さらに、今後70年間以内に東京都を含むエリアで東日本大震災規模の地震が起こりうるという専門学者の見解が出されている。そのような中での施設建築は、後から取り返しのつかない事態が予期しうる。
住宅地が近くにないという川崎市臨海部の今回の移転先はどうか。もし地震が起きた場合に、研究所内部に密閉されていた病原菌実験室が強度の振動によって破壊されないという保障はない。しかも埋め立て地で通常の土地に比べて、基盤は脆弱であり、3.11の大震災で東京都ディズニーランド周辺の浦安地域で起きた液状化現象は、容易に想像しうる。そもそも「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」とは、いったいどのうな構想のもとにあるなにを行う区域なのか。あまりに国民にあきらかにされていない行政の密室政治が多すぎはしないか。