元党員です。草の根レベルで頑張っている、人間性に溢れた魅力的な党員像と「民主集中制」、「分派禁止」等により、党内外での自由でオープンな議論を封じ、党中央が全て理論面での「正解を決めつけ」異論を挟むとすぐに除名する党運営のギャップに気づき30年前頃に脱退しました。
たしか80年代に、党の民主的改革の動きがおこったものの、除名処分により封殺され、いまだに「民主集中制」、「分派禁止」等の非民主体質が残ったままです。
私が危惧しているのは、仮に現在の党運営が続き、仮に(仮定の話として)議会で共産党が主導する政府が誕生した場合、現状の「民主集中制」、「分派禁止」、「党議拘束」により、議員が自由な意見など認められず、党指導部の指示のもと、議決するような、討論を極めずに、非民主的議会運営がなされる可能性が排除できないのです。第2次大戦後の社会主義陣営と同じ独裁政治の防止をどう担保できるのでしょうか。
現実は明確です。独善的で、間違いを認めない党組織、除名者の山、存在が証明できなかった新日和見主義として除名された党員の、復帰や名誉回復は全くありません。
意見が違うとレッテルを張り、攻撃する体質も変わっていません。トロツキスト、日和見主義、新日和見主義、ハシズム。
統一戦線の失敗も、責任転嫁の総括。党内外の自由な意見交換から共通点を探求する意志とルールがないのだから、大同小異の一致点を見出すこともできず、孤立主義に陥る訳です。
過去に除名され、現在ご活躍されているバイタリティのある方は少なくないのです。このようなメンバーが、わいわいガヤガヤ議論できるような組織であったならば、もっと社会的影響力があったかも、と考えてしまいます。
この真逆の現実、陰湿な組織文化が透けて見えてしまい、国民目線での期待感が薄れ、党の衰退の一要因になっているのでしょう。
私は、民主制度を尊重し、公的セクターの効率化、競争原理を基本に、弱者のセイフティーネットを強化するような国の在り方を望みます。
細かい意見の違いより、政治的に一致点を追求し、第3の大きな流れを作ることが、最大の課題でしょう。