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一般投稿欄

孫崎享氏が対談で伝えたこと~『戦後史の正体』と現在の日本の情勢

2012/10/13 櫻井智志

 孫崎享氏の『戦後史の正体1945-2012』については、いくつかの評価がある。また、一般投稿欄でも、このさざ波通信で誰か書評をと願うご意見を拝読したことがある。私は最初そのご要望に応えて書評をここで書くことを考えた。そんな矢先に、私も参加するメーリングリストで、佐久総合病院で勤務し要職の傍らいくつもの社会的発信をなさっている色平哲郎氏がご紹介された「孫崎享さんに聞いた(その1)日中領土問題で得をしたのは誰なのか?」を読んだ。孫崎氏の著書を踏まえてなお、いま現在の日本をとりまく情勢の現状にたいして、孫崎享氏が提示した分析の的確さがはっきりと伝わってくる。

http://www.magazine9.jp/interv/magosaki/index1.php
この人に聞きたい:2012-10-10up
この人に聞きたい孫崎享さんに聞いた(その1)
(*この本文に先立って、小生の感想を記し、最後に対談そのものを読者諸氏に読んでみらえるよう転載させていただいた。)

 中国との尖閣諸島やソ連との北方領土について、実は敗戦前後からアメリカはのちのち日中、日ソの間で領土問題が紛争となるように、巧妙な仕掛けを行っていた。このことは、『戦後史の正体』の中でも叙述されている。日本が悪いのかソ連や中国が悪いのか、ではなく、曖昧で後には必ず紛争が起きるような仕掛けをアメリカは外交の中で仕掛けていたということである。

 現在の日中の外交問題は、2009年の尖閣諸島付近で起きた中国の漁船衝突事件に端を発している。今までの対処法としての日中漁業協定とは全く異なる日本の国内法である漁業法によって対処するよう今までの方針を大きく変えた。鳩山内閣に代わって菅内閣になってからである。

 私が言いたいことは、孫崎享氏が対談で述べたことにすべて叙述されている。対談なので、内容を把握するために、私はプリントアウトしてから傍線をひきながら読み終えた。

 全体の文章を読むと、細かなことまで実に示唆に富む対談である。孫崎氏の言説を読み、それを自分の頭で咀嚼してそれが心に沈殿して、自らの言葉が熟成して、はじめて「読む」という言葉の実体が形成されるのだと思う。

 数々の情報を、自らが納得いくようにかみしめることがなければ、情報に翻弄されたりコントロールされたりするだろう。とくに遠隔操作で他人に「爆破」「放火」すると書き込ませてそのための冤罪事件が発生するこの頃、もともと軍事技術から生まれたパソコンとインターネットのもつ危険性があきらかになる。政府の支配する一元的情報を大手マスコミが垂れ流しすることの危険。それに対してインターネットで民衆の真実の情報の流通が対置されてきた。しかし、いよいよという決定的な政治的な分岐点では、インターネット自体に今回のようなハッカーや仕掛け人のような冤罪装置が起動することも十分にあり得る。インターネット情報だから、と丸ごと信用せずに、自らの言語形成の作用の中に吟 味と自身の言葉を培うことが求められている。

【以下対談の転載 注 ナンバリング-櫻井】

1 領土問題もオスプレイも全て関連している
編集部
 尖閣諸島や竹島などの領土問題、オスプレイの配備に象徴される日米問題など、今、 日本の政治はコントロール機能を失っていると感じます。こうした一連の動きは、全て 関係し合っているのでしょうか? 
孫崎
 そうですね。なぜこのような事態になったかを理解するために、まず尖閣諸島のこと から話しましょう。尖閣問題は、捉え方に2つの路線があります。「日本固有の領土で あるから、断固として領有権を確保しようとする道」と「お互いが領有権を主張してい るから、紛争にならないようにどうするか考える道」です。
 今、日本国民のほとんどが前者の捉え方をしています。尖閣諸島が日本固有の領土で あることは国際的に何の問題もなく、中国がいちゃもんをつけてきている、ということ です。しかし、実は領土問題の"土台"となる事実を知っている人はほとんどいません。
編集部
 領土問題への関心は高いけれども、領土問題をめぐる史実や国際条約については、知 りませんね。
孫崎
 戦後史を見ていく上で、一番大切なのは、ポツダム宣言なんです。1945年8月、 日本が受諾したポツダム宣言の第8条には"「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日 本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ" と書かれています。つまりカイロ宣言(1943年)の履行を求めているわけです。
 では、カイロ宣言にはどう書かれているかというと、"日本国カ清国人ヨリ盗取シタ ル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト"とあります。日本が中国から奪った領土を全 て返還しなさいということです。日本が尖閣諸島を併合したのは1895年でカイロ宣 言より前ですから、本来、返還しなければならない可能性があります。
編集部
 そうなりますね。
孫崎
 同時に、ポツダム宣言で連合国側が求めているのは、「本州、北海道、九州、四国は 日本のものだけど、その他の島々は我々が決定する諸小島に極限せられる」ということ です。連合国側が決定していないものは日本の領土ではないことになりますが、アメリ カは領有権問題について中立の姿勢で、日本側・中国側のどちらにもつかないと言って います。したがって、尖閣諸島が絶対に日本のものと言えるかどうかが、かなり危ない んですよ。
編集部
そうした史実を土台にすると、先ほどおっしゃった2つの路線が問題になるのですね。
孫崎
 断固として領有権を守る道か、紛争にならないように考える道のどちらかですね。後 者に関しては、いわゆる「棚上げ論」になるわけですが、「棚上げ」が持つ意味合いを 理解するためには、中ソ国境紛争(1969年3月、国境にあるウスリー川の小島の領 有権を巡って起こった大規模な軍事衝突)を知る必要があります。紛争が起きてすぐ、 両国とも30?40人の死者がでましたが、その後、エスカレートして場合によっては 核戦争も辞さないとすら言われました。しかし、その状況のなか「川の上の島のことで 戦争をするのが、中ソ双方にプラスなのか?」という話になっていきます。
 そもそもこの紛争が起こったのには、同じ年に、中国の内政で非常に重要な動きがあ ったことが関係しています。1969年4月に、中国国防大臣の林彪は、毛沢東国家主 席の後継者に指名されました。つまり、中ソ国境紛争を起こしたことが、林彪にとって 政治的にプラスになった。紛争などが起これば、国防大臣はやはり重要だということに なりますから。いわば、意識的につくられた紛争だったのです。
 しかし、その状況に危機感を抱いた周恩来首相はソ連のコスイギン首相と会談し、「 当面、この問題は棚上げにしよう」と同意しました。その知恵が、1972年の日中国 交正常化の際、田中角栄首相と周恩来首相との会談でも用いられたのです。
 このとき、周恩来首相は、「小異を残して大同につく」と言って、尖閣問題を棚上げ しました。さらに、1978年の日中平和友好条約の制定時にも、鄧小平副首相が「我 々の世代に解決の知恵がない問題は次世代で」と語り、尖閣問題は再び棚上げされてい ます。
 つまり、棚上げ論というのはある領土をお互いが「自分のものだ」と言っている状況 で、いかに紛争にまでならないようにするかという、そのために出てきた知恵なんです ね。

2 2010年の中国漁船衝突事件が転換期
編集部
 今回の尖閣問題では棚上げ論があまり語られず、勇ましい意見ばかりが目立ちます。
孫崎
 このところの日中問題の始まりは、2010年9月に尖閣諸島付近で起きた中国の漁 船衝突事件(2010年9月、尖閣諸島付近で操業中だった中国 の漁船が、それを取 り締まろうとした日本の海上保安庁の巡視船と衝突した事件)にさかのぼります。多く の日本人は、この事件を中国側に問題があると思い込んでいますが、実はハッキリそう とは言えません。日本の法律の使い方に変化があったからです。
 2000年に発効した「日中漁業協定」は、仮に中国が違反にあたる漁業をした場合 、日本は拿捕するのではなく退域を求めることを定めています。それでも解決しなけれ ば、中国側が処分する。以前から船の不法侵入は度々あったのですが、この日中漁業協 定によって大事にせず対処していました。
 ところが、この2010年の事件のときには、日本は日本の領海に入り込んだ中国漁 船を捕まえて臨検しました。これは日本の国内法である「漁業法」を適用したからです 。国内法では、違反した船に対して乗り込んで調べることが認められています。日中漁 業協定とは、対処法が全く違うんですね。
編集部
 二国間の漁業協定ではなく国内法で対処しよう、と方針が切り替わったのはいつなの でしょうか?
孫崎
 鳩山内閣が終わって菅内閣になってからです。菅内閣は、2010年5月に発足して すぐ「尖閣諸島は日本固有の領土であって、国際法的に何の問題もない」ということを 閣議決定しました。中国漁船問題が起きる前ですね。その時点から国内法で粛々とやる という方針になっています。当時、国土交通大臣は前原誠司さんでした。彼の命令によ って、中国漁船は拿捕されたのです。
 そのあたりから、今の問題は始まっている。だから、なぜその「切り替え」が起こっ たのかが非常に重要なんです。

3 すべてがアメリカにプラスの方向に動いた
孫崎
 そして、これは多くの人が気づいていないことですが、この事件をきっかけに、日米 関係は大きく変わりました。
編集部
 日中関係の変化が、日米問題にどう影響したのでしょうか。
孫崎
 1つは、2010年11月の沖縄県知事選挙です。この時は、現職の仲井真弘多さん と伊波洋一さんが拮抗していましたね。ひょっとしたら伊波さんが勝つかもしれないと 言われていました。伊波さんはずっと普天間基地の県外移設などを訴えてきた人ですか ら、もしも伊波さんが勝ったなら、沖縄の基地問題の状況は今とはすっかり違うものに なっていたでしょう。ところが、中国漁船問題が起きた後の選挙で、かつては県内移設 容認を表明していた仲井真さんがスーッと勝ちました。
 同じ年には、米軍への「思いやり予算」の改訂も行われています。その前の改定では 若干、減額をして3年の延長となっていましたが、菅政権は減額なしの5年延長を決めま した。もしも中国漁船事件が起きていなければ、これについても世間的にもっと厳しい 見方をされたかもしれません。
 また、アフガニスタンの復興支援策として自衛隊医官を派遣する構想もありました。 これについては、社民党の福島瑞穂さんが反対をして終わりましたが、派遣される可能 性があったということです。それから、武器輸出三原則を緩和する動きもありました。 これも、このときは最終的には社民党の反対によって見送られましたが…。
 このように、中国漁船事件を契機に、日米間のさまざまな問題が、オセロゲームのよ うにすべてアメリカ側にとって有利な方向に動いたのです。今、中国が軍事的にどんど ん台頭してきた中、アメリカは国家予算の逼迫で国防費の減額を迫られています。そこ で韓国、日本、台湾、ベトナム、フィリピン、それからオーストラリアで、中国包囲網 を作ろうとしていますが、そのためには各国に強い対中敵視がなくてはなりません。尖 閣諸島の緊迫というのは、アメリカの軍事関係者にとってはプラスなことなのです。
編集部
 菅政権は、アメリカにプラスになるとわかっていて、日中漁業協定ではなく国内法で 対応したのでしょうか? それとも偶然ですか?
孫崎
 偶然ではありません。現場で動かされている人間はともかく、仕掛けている立場の人 はわかっていたはずです。海上保安庁に国内法を適用するように言った前原さんは、お そらくわかっていたでしょう。前原さんはかなり強硬に「中国の漁船を拿捕しろ」と言 っていました。彼にアメリカ側からのプレッシャーがかかっていたことも、十分にあり 得ます。当時、アメリカ側は「日本は法治国家だから釈放するな」と言っていました。 日本の中国との緊迫が長引くことを期待していたのでしょう。

4 アメリカが秘密保全法を作らせたい理由
編集部
 また、この事件の際の、衝突ビデオ流出問題がきっかけになって、秘密保全法(外交 ・安全保障などの特別秘密情報の漏洩を罰する法律)が作られようとしています。
孫崎
 秘密保全法は、2005年に日米安全保障協議委員会(2プラス2)が発表した中間報告書 「日米同盟:未来のための変革と再編」と非常に密接に関わっています。この報告書に は、イラク支援など国際的安全保障関係の改善のために、日米が共同で行動すると書か れています。しかし、ここで言われている「集団的自衛権」は、国連憲章が定めた集団 的自衛権とは、まったく違うものです。
 国連憲章では、集団的自衛権について「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した 場合」の「個別的又は集団的自衛の固有の権利」と述べていますが(51条)、「日米 同盟:未来のための変革と再編」では、攻撃をされていなくても相手を排除することに なっています。わかりやすい例で言えば、サ ダム・フセインの存在が国際的安全保障環 境にマイナスと判断すれば、フセインが他国を"攻撃していなくとも"排除できるという 意味です。そうした考え方に今、日本が乗っかろうとしています。
 仮にそうなったら、日米二国間で交わされる情報量はものすごく増えます。情報の管 理を厳重にするために秘密保全法が必要だというわけです。秘密保全法は、日米軍事協 力が一段と進んでいくことと並行して出てきた法案なのです。
編集部
 日本がアメリカと一緒に戦争をするための法整備だということですね。
孫崎
 それだけではありません。先日、農林水産省の対中輸出促進事業に関する情報が、外 部に流出したという事件がありましたね。しかし、中国で農産物等をより積極的に売る ための日中協力のプロジェクトなのですから、本当は秘密情報でも何でもないはずです 。しかし、この問題で鹿野道彦農林水産大臣は辞任に追い込まれました。鹿野大臣はTP Pに反対していた人物です。秘密保全法のような法律は、このような形で政治目的を達 成するために使われる危険性があります。
編集部
 対米従属派でなく、自主自立を目指す政治家は、この法律でいとも簡単にやられてし まいますね……。
孫崎
 特に危険なのは、この法案は総理大臣・外務大臣が対象外になっていることです。政 府が情報操作をしようとして、いくらしゃべっても罪に問われませんが、政府にとって 不利な情報を流した人はアウトなんです。
編集部
 怖いですね。政府は、秋の臨時国会に秘密保全法案を提出しようとしていますが、そ のまま通る可能性はあるのでしょうか?
孫崎
 これほど右傾化した日本の社会だと、法案成立の可能性は十分にあります。今回の自 民党総裁選の候補者は全員右派ですし、維新の会のこともあります。これまでだったら 、日本の政治の中枢は基本的にリベラルで、例えば自民党でも宮澤喜一さんは「日米関 係は大事」と言いながら、軍事協力は否定していました。竹下登さんも、「経済は大事 」としつつアフガニスタンへ自衛隊を送るようなことには絶対反対でした。しかし、そ ういう人たちはいつの間にか自民党の中からいなくなってしまいました。
編集部
 なぜそうなっていったでしょうか?
孫崎
 色々なことが関係していますが、マスコミの影響というのは非常に強いと思います。 よく言えば対米協力派、悪く言えば対米従属派の政治家を、マスコミは徹底的に持ち上 げます。一方、そうでない人たちは全く報道しない。橋下徹大阪市長は、まだ国政に何 の影響も持っていないにもかかわらず、彼が代表を務める「維新の会」の政策集、維新 八策は報道で大きく取り上げられました。しかし、同じ時期に「国民の生活が第一」が 出した綱領については何も報じられません。
編集部
 マスコミが日本社会を対米従属化させ、またアメリカの戦争を支持するよう右傾化さ せているとも言えるわけですね。
孫崎
 ただ、原発との関係で非常におもしろい現象が出てきています。福島第一原発事故が 起きて、多くの市民が政治家、学者、マスコミの言っていることには正しくないことが あると、初めて気づきました。そういった市民の力が、政治を変える動きを見せていま す。
 例えば、浜岡原発が止まっているのは、一般の人たちの反対がそうさせたわけです。 首相官邸前のデモが続いていることもあって、民主党は次の選挙に向けて、「原発ゼロ 」を公約にしようとしました。あの公約はまったくの詭弁で、単なる選挙目当てでしか ないとしても、原発ゼロを掲げようとしたのは事実です。
 オスプレイの問題もそうです。当初、野田首相は「あくまで運用の問題」と言ってい ましたが、世論の約70%が配備に反対した結果、150メートル以下の低空飛行はしない 高度制限が運用ルールに盛り込まれました。一般の人たちが声を出すことが、プラスに 動き始めています。  (聞き手 塚田壽子 写真・構成 越膳綾子)

【引用終わり。続きは対談(2)に続きます】