2000/11/14 きくちゃん、50代、映写技師さんの発言:
《アカシのあるないにかかわらず、さざ波通信マニアは日々、増殖するかも知れません。なぜなら、呼吸のように生きた情報が必要なのです。 「あらゆることに疑いをもつこと」は大切です。パンセさん。》
パンセ:
そうでしょうか。 私は、公平に見て、党員の“アカシ”が無い人達が、その自称する党について、また、その自称する党に関わるとことに関連して、何を語ろうが、そこにはその時点からナンセンスが無限に再生産されるだけだと、思います。根拠の無い浮き草が繁茂するだけだと、思います。
ですから、ここには「生きた情報」が生まれるようなことは、あまり期待出来ないと思います。
私は、デカルトが人類史の上で明らかにした、論理の厳粛性に思いを馳せるのです。
デカルトの実績にあるように、人類の思想史の発展の中で、客観的に既にケリがついているのです。
デカルトは方法的懐疑を駆使し、明晰判明な真理に到達し、そこから出発したと、聞いております。
「懐疑」は「懐疑のための懐疑」にとどまっているのでは、意味がないと思います。