私は、「さざ波通信」が共産主義運動始まって以来の、コミュニストらしい企画を立ち上げ、偉大な成果を勝ち得つつあることに、敬意とお祝いを捧げます。
私は、寄稿論文に大方目を通し皆さんの真摯な姿勢に感銘してきました。最近の “garu”さんの小論には、集約的な意味で「これこそ結論だ」と直感しました。私は、この直感を補足する意見を標記のテーマで開陳したいと思います。
1 「マルクス・レーニン主義」 は存在しなかった
マルクス・レーニン主義は、スターリン以来長い間耳慣れた概念でしたが、マルクスとレーニンの思想の間には実は万里の長城が存在し、両者は峻別されていました。それは「共産党宣言」を読めば初めから鮮明だったのです。私がそれに気がついたのは、5年前に出版されたヴォルコゴーノフの「レーニンの秘密」を読んだからでした。同じ読書歴の方にはこの「峻別」は既に常識だと思いますのでここでは詳述を避けます。
二人の正反対の関係を表す最も適切な比喩は「ジギル博士とハイド氏」でしょう。この小説はマルクス没後3年目1886年、レーニン16歳のときに発表されました。レーニンはこの前後、知的能力に相当の障害を齎す病気に犯されたようです。このときに53歳の若さで死を招いた大脳硬化症の種が顔を出した(遺伝?)と指摘されています。
それから19年、マルクスを研究して「ハイド氏」に変化(ヘンゲ)した35歳のレーニンが吠えました…「(革命にとって)我々に必要なものは多分…ヤクザ以外の何ものでもない!」と。レーニン主義はここを原点として、ロシア国内に向けては赤色テロルを、世界に向けてはコミンテルン(「万国のプロレタリア団結せよ」を「万国のプロレタリアよソ連のために死ね」に置き換えた)をもって、野獣のような支配を展開しました。それらが正に「野獣のよう」であった事実はヴォルコが立証しています。
「ジキル博士…」の著者ステイーブンソンは、マルクスやレーニンには縁のないエデインバラ生まれです。44歳の一生でしたが熟達した36歳でこの不朽の名作を世に出しました。温厚にして誠実な彼の小説が、図らずもマルクス・レーニン主義を「マルクス×レーニン」主義と予言し、レーニンの獣性を余す所なく描き出した事実。これぞ歴史における「理性の狡知」、と感嘆せざるをえません。
2 ボリシェビキ革命は共産主義革命とは縁がなかった
これはもう「定説(!?)」ですので標題としてだけ掲げておきます。ハイド氏がジキル博士の善行をやるはずがありませんし、ソ連・東欧・ポルポト・北朝鮮等の歴史がエビデンスです。論争の余地はありません。マルクスの学説では「少数者の利益のための運動」の範疇に属します。
不破氏が、レーニンはどこでマルクスを踏み外したかを懸命に解き明かそうとしているようですが、ナンセンスです。マルクスの対極でマルクスの学説の裏切りをヤクザばりの喧嘩腰で喋り散らした痕跡として博物館に陳列しておけばいいのです。
3 コミュニストは革命のために自分の「党」を必要としない
共産党といえばボリシェビキ党が基準でした。これは階級戦争のための軍団規律です。これが見境なく人民に対する統治規律にも適用され、内蔵した自己矛盾で革命的に粉砕されました。
不幸にして「コミンテルン日本支部」の面子をうやうやしく奉ずる日本共産党は、このボリシェビキ党基準を守ろうと、未だに悪戦苦闘、だんだん自縄自縛に陥る様相を見せています。
マルクスは「共産党宣言」で、ボリシェビキ党のような党の必要性に全く言及していない、のみか一般にコミュニストが共産主義革命を目指して活動するために、自分の党を作らなければならないとは一言も「宣言」しませんでした。それで何故、書名が「共産党宣言」なのか? これは誤訳です。正しくは「共産主義者たちの宣言」です。パーテイを「党」ではなく「集まり・たち」とすれば、「宣言」がコミュニストの綱領を掲げるだけで「規約」を問題にしていない意味を反映できます。
党を必要としない、のは共産主義革命のキャンペイン・運動の性格からくるものです。「宣言」第1章終わり近くでこう書いています―「これまでの一切の運動は、少数者の運動、或は少数者の利益のための運動であった。プロレタリアの運動は、途方もない多数者の利益のための、途方もない多数者の独立的運動である…」と。
途方もない多数者の利益・独立的運動を「共産党」一党が認識でき、代表できるわけがありません。途方もない多数者のなかに・公的社会の諸層の全上部構造のなかに、コミュニズムが内的に発生し成長する。これらに対して外的存在である党が、「日本共産党」を名乗っても大衆の中の内的存在である「共産主義者たち」とは異質な議会政党にすぎません。党があくまで党の存在証明をしたければ、「規約」は、議会政党としての自己規律にとどめるしかありません。また、一議会政党に、国民的規模のプロレタリア運動即共産主義革命を展望したり規制することができるはずもありません。
「宣言」 第3章 にこういう叙述があります。「かれら(批判的・空想的社会主義および共産主義)はプロレタリア階級のサイトに、歴史的自発性・独自の政治的運動を全く認めない。…そこで彼等は…一つの社会科学を、社会法則を探し求めた。社会的活動の代わりに、彼等個人の発明的活動が表れざるを得ない。」。
いま日本の政治方向を決める勢力は、無党派層です。かれらに党は不要、規約など糞食らえです。この層はすべての政党に浸透しており、コミュニストが以外に多いことも感じます。この幽霊の如き動きが共産主義であると、マルクスは「共産党宣言」冒頭で宣言していたのではないでしょうか。
4 マルクスによるIT(情報技術)革命時代の描写
独裁下の人造ロボット社会に過ぎなかったソ連圏崩壊後、資本主義社会の生産力向上は特に著しい。レーニンの帝国主義論の没落と共に「帝国主義」に代わって今日では、ITを背景とした「マーケット・キャピタリズム」が世界を呑み込んでいます。民族の差別、国境をナンセンスにする「グローバリゼイション」を最終目標にして、壮大な「ブルジョア革命」が進行中です。なんと今日のこの情景をマルクスは150年前に、見ているように描き出していました。これからの議論の核となると思いますので、以下「宣言」第一章岩波文庫版より要約しながら引用しておきます。
「ブルジョアジーは、自分の生産物の販路を常に益々拡大しようという欲望に駆り立てられ全地球を駆け回る。彼等はどんな所にも巣を作り、どんな所をも開拓し、どんな所とも関係を結ばねばならない。彼等は世界市場を通じてあらゆる国々の生産と消費とを世界主義的なものに作り上げた。彼等は産業の足元から遠い昔からの民族的な土台を切り崩し、民族的な産業を破壊し続ける。これに代わる新しい産業を採用するかどうかは全ての文明国民の死活問題となる。加工原料は世界の隅々から調達され、製品の販路は全世界となる。国内の生産物で満足していた欲望をこえて新しい欲望が現れる。このために最も遠く離れた国や気候の生産物が狙われる。今まで地方的・民族的に自足しまとまっていたのに対し、あらゆる方面との交易、依存関係が取って代わる。この変化は精神的な生産にも起こる。個々の国々の精神的な生産物は共有財産となる。民族的一面性や偏狭は益々不可能になり、多数の民族的及び地方的文学から、一つの世界文学が形成される」。
「ブルジョアジーは、すべての生産用具の急速な改良・無制限に容易になった交通によって、全ての民族・どんな未開拓民族をも文明の中に引き入れる。商品の安い価格は、万里の長城をも破壊し、どんなに頑固な異国人嫌いも降伏させてしまう」。
「ブルジョアジーは、生き延びようとする全ての民族に、自分の生産様式・文明を採用せざるを得なくする。すなわちブルジョアジーになることを強制する。一言で言えば、ブルジョアジーは、彼等自身の姿にかたどって世界を創造する」。
5 21世紀のコミュニスト運動
こんな時代のコミュニストの運動形態は、インターネットを有効に利用した「さざ波通信」を無制限(国籍を問わず)に、国内はもちろん全世界(とりあえず英語でも)に向けて拡大していくことに尽きると思います。いち早い情報の集約・撒布・デイベイトこそ活力の源、その泉である「さざ波通信」は「理性の狡知」の体現と私には見えます。
途方もない多数者の革命運動は、『公開された』絶えざる論争によって磨きあげられた理論が大衆を捉えたときに、奔流のごとき物質力に転化し、新しい権力の物質的力となるものでしょう。自称・四流小説家:田中康夫さんが案に相違して長野県知事になったのもこの文脈でした。
日本共産党は、公開された論争が苦手なようですから、『共産主義者たち』というわけにはいきません。とりあえずハイド氏からジキル博士に立ち戻ることです。すなわち、議会政党としての温厚な体裁を整え、コミンテルンの汚い垢を洗い流し、国民にその愚かなりし罪を公開し謝罪し、眼前の歴史を一歩でも前進させるための切実・適切なスローガンのもと、「自民党」をも含めた全政治勢力の結集を図っていくことを党是にすればよろしかろう、そのための「党会館」なら有益だと思います。