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R大学の「変節」について

2001/4/6 広小路某、50代

 R大学の現状については、私も二宮損得氏と同じような感想を持っています。同様の感想を持つ人は、意外に多いのではないでしょうか。ところが、この問題については誰も発言したがらず、そこにまた、この問題のいかがわしさが感じられます。
 いったいこの大学はどうなっているのでしょうか。「平和と民主主義」の教学理念のもとに、かつては学生運動だけでなく、教職員組合運動においても、大学生協運動においても、最大拠点校たる地位を誇り、多くの活動家を世に輩出してきたこの大学が、80年代以降、運動のなかで蓄積された歴史的な遺産をかなぐり捨て、産学協同路線をまっしぐらに歩むようになったことは、あまりにも有名です。その過程で、幾多の人権侵害や言論弾圧が起こったことも、よく知られています。
 ところが、そのような「変節」の道を歩むことになった原因や契機については、いっさい明らかにされていません。想像されるのは、次のようなことです。
 第1に、80年代後半以降のソ連・東欧圏における激動を契機に、既成のパラダイムや価値体系が崩壊するなかで、R大学内の民主勢力にもそれに対応した動揺が起こったこと。
 第2に、それと並行して起こっていたR大学の不人気傾向に対する挽回策が全学あげて模索されていたこと。
 第3に、70年代後半以降、学生運動の退潮傾向が続くなかで、「平和と民主主義」の教学理念を担うべき学内の主体的勢力にかげりが見えてきたこと(学生党員・同盟員の大幅減少)。
 以上を前提として、学内と校友会(OB会)の非共産党勢力が巻き返しに転じ、党内の主要勢力がこれと手を結んで大学の再建に乗り出した、というのが考えられる構図です。
 とはいえ不思議なのは、このような動向に対する党の対応です。たしかに、大衆運動や学園経営の内実にまで踏み込んだ党の「指導」が許されないのはいうまでもありません。しかし問題は、この大学の党が先頭に立って産学協同路線を推進してきたことにあります。
 あらためて率直な疑問を提起します。第1に、R大学の党は組織ぐるみで「転向」したのか、そうでなければ、党内闘争の結果、教学・経営の両面にわたる路線転換を選択した勢力が多数派を占め、その結果として、今日のR大学の経営路線が確立するにいたったのか。
 第2に、R大学のこのような変化を、党はどのように評価しているのか。批判しているのか、黙認しているのか、是認しているのか、それとも歓迎しているのか。
 第3に、いずれにせよ、戦後日本の学生運動、教職員組合運動、知識人運動、大学生協運動等に多大な影響を与えてきたR大学の内実がいっさい公然化しないのは、なにゆえなのか。
 そして第4に、R大学の現在の党組織はこの間の経過をどのように総括し、評価しているのか、あるいは大学の今後のありかたにどのような展望を持っているのか。
 サンダーバード氏のU派についての論評は、問題を解明するための切り口の1つにはなるかと思いますが、巨視的に見れば、R大学をめぐる以上のような一連の流れのなかの現象の一部にすぎません。あるいはもっと大きな目で見れば、R大学の経験は、この国において今日見られるアカデミズムの退廃とでもいうべき現象の屈折した一例かもしれません。
 二宮損得氏、サンダーバード氏をはじめ、R大学をめぐる奇々怪々の現象について詳細をご存じの方の投稿を期待しています。