>なんでも若い方がいいという世間の思想に共産党も毒されているのでは?
というjinさんの問題提起はとても大事だと思います。
5月21日のヤマビコさんの発言にもあったように、「社会の様々な団体、労組・企業・学校が、若者の気持ちを理解しよう、若者に振り向いてもらおうとして、ご機嫌取りをし」つつ失敗しつづけてるということを僕も感じます。特に、民青などは仲間とツーリングしたということを大々的に機関紙に載せるなど、若い世代といっしょに何かをしただけで、あたかも若者と連帯できたかのように論じることがあります。
でも、それって、「今の若者に政治が分かるはずがないから、そういう卑近なところから入っていこう」という発想が見え隠れしていて、かえって若者を馬鹿にした行為だと思います。
若ければいい、古いのはだめ、というのは単なる迎合主義だと思います。むしろ、なぜ若い世代と連帯する必要があるのか、ということをもっと真剣に考える必要があると思います。そういう意味で、jinさんの問題提起はとても大事だといったのです。
でありながらもやはり、党が若者に語りかける必要はあると僕は思います。というのも、国民政党(ホントは前衛政党と言いたいのですが)とは、市民団体等の各種圧力団体と異なり、社会全体の正義を代弁するものであり、社会全体の意見を集約するものです。
ここで誤解しないでほしいのですが、別に僕は、伝動ベルト論を持ち出し、政党を市民団体より上位におこうとするものではありません。ただ、政党とその他の団体では役割が違うといっているだけの話です。
圧力団体が自発的結社であり、もっぱらその構成員の利益を代弁するものであるのに対し、政治政党は社会全体の奉仕者でなければなりません。
であるにもかかわらず、今の政治政党が(共産党だけでなく)国民の一部である若者の意見を集約できていないことは歴然たる事実です。
若い世代の意見を集約できないということは、若者の支持を得られないことを意味し、それはまた、党が次世代へとつながっていかないことも意味します。
特定の目的のために集まった圧力団体ならそれでいいかもしれませんが、政治政党はそういうわけにはいきません。次世代の担い手である若者の声を発掘し、集約していくことは極めて大切なことです。
とはいえ、それは国民の他の層の意見を犠牲にして成り立つものであってはいけません。これから、高齢化社会が進むわけですし、老人の意見を集約することも当然必要です。要は、若者を特別視しすぎることに問題があるのではないでしょうか。若者も国民のひとつの層に過ぎない、その認識に立ちながらも、若者対策を進める気がします。
と、このように「若者、若者」と連発していると、オヤジに思われてしまうかもしれませんが、僕自身は自分をレッキとした若者だと思っています。
これが僕の若者論ですが、稚拙な点もあるかと思います。皆様のご批判を素直に感じしたく思います。