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桜坂「パンセ」智史さんへの再反論

2001/8/6 仮初人、50代

 拙文に対する桜坂「パンセ」智史さんからの反論、拝見しました。後半部分が文字化けしていて、論旨をじゅうぶんに把握することができませんが、読める範囲に限っていえば、やはり過大評価という印象を拭えません。あるいは、なにか勘違いされているのでは、という印象です。
 他人の評価をとやかく言ってもしかたのないことなのですが、それでもやはり、「戦後の日本共産党と社会主義運動」を代表する10人の実践的知識人のなかに、有田芳生氏を加えるのは、どうもピンと来ないのです。
 有田氏自身も拙文にさっそく反応を示していますが、予想したこととはいえ、その大人げない、あまりにストレートなもの言い(有田HP内「酔醒漫録」「憂国至情」)には、呆れてものが言えません。しかしそれも所詮、彼の度量の狭さを物語っていると思えば、拙文に花を添えてくれているというぐらいには評価していいのかもしれません。
 ところで知識人という以上は、当然のことながら、なんらかの知的業績が必要です。だとすれば私は、桜坂「パンセ」智史さんの問題提起を、「戦後の日本共産党と社会主義運動」に一定の知的業績をもって直接・間接の影響を与えた人物という意味で理解したいと思います。そしてその意味では、宮本顕治氏と山口正之氏の存在を忘れるわけにはいきません(有田氏も山口正之氏をそれなりに評価しているようですが)。
 たとえ現在の評価がどうであれ、宮本顕治氏が戦後日本共産党史においてはたした理論的・実践的な役割はなんびとも否定することができないはずです。とりわけ現在の綱領路線を確立し推進していくうえでの彼の指導的影響力にははかりしれないものがありました。
 また山口正之氏は、アカデミズムの内部では意外に評価が低いのですが、彼が提起した「労働の社会化」概念は、日本共産党の70年代以降の路線を牽引したものであり、意識するしないにかかわらず、日本共産党の諸政策は彼の業績なしにはあり得なかったといっても過言ではありません。
 そしてその業績において、彼らと有田氏を同じ土俵で論ずることはできず、桜坂「パンセ」智史さんが言われるような「マルクス・ルネッサンス」という脈絡からいっても、有田氏をその系列下に位置づけるなどということは、間違ってもできないことです。有田氏自身、赤面しているのではないでしょうか。
 水掛け論になるので再反論はこれぐらいにしておきますが、遠州森の石松の浪曲話ではないのですから、人間の知的評価というものは、もっと厳密に行われるべきだと思います。まして「戦後の日本共産党と社会主義運動」という、この国の戦後思想史の一角を占める重大テーマであれば、なおさらのことです。