「神話自体がいけない」のではなく、「神話がどのような意図の元に作られ、誰がどのように利用してきたか」が問題です。
神武天皇即位の年は、奈良朝廷が史書『天皇記』の編纂時に、中国の辛酉革命思想に基づいて60年の干支の21循環に合わせて決めました。2月11日という日付は明治政府が国家神道を興す必要上決めました。
戦前の紀元節では生徒を直立不動で整列させて教育勅語を奉読し、1940年2月11日には紀元2600年祭を行い、同じ日に韓国に創氏改名を施行し、日本式の家制度を強制しました。
神話神話というけれど、作ったのも利用したのも、民間ではなく国家権力の側でした。
七夕伝説などは、中国起源ですが日本でも古くから民間に信仰され、各地で星まつりがあります。このようなものは否定すべきものではないと私は考えます。しかし現在の日本の休日は、お盆をはじめ民間の休日がほとんどなく、かわりに天皇由来のものが多くあります。最近でも、夏の休日としてお盆を休日にする代わりに、明治天皇が軍艦で帰港した日(海の日)にしました。
このような性質から、日本各地の民間信仰やギリシャ・ローマ神話などと、紀元節・建国記念の日の問題は、分けて考えるべきでしょう。