江東江戸川総支部に所属する新社会党員です。きょうは、今、わたしがどのようなことに危機感を持ち、取り組んでいるかを紹介させていただきたいと思います。第1回目は、過労死・過労自殺です。
1995年、ある情報処理会社をリストラ解雇されたわたしですが、支援してくださる人との縁があって仲間とともに社員の共同管理型企業として情報処理会社を起こしました。しかしバブル崩壊後の情勢で、お客なし仕事なしお金なしの状態からのスタートは想像を絶する厳しさ、資本金は毎月どんどん減っていく、やっと手形の入金があっても設立間もない会社を銀行は相手にしてくれない、足りないお金の額はサラリーマンのときとは桁が違う、毎日毎月膨れ上がる借金、仲間といっても借金の判を押すのは代表取締役のわたし一人、支払日を数日後に控えて眠られぬ夜を過ごし、いっそ死んで経営者保険でケリをつけようかと何度考えたことでしょう。仲間と起こす共同管理型企業の問題と方向性についてつくづく考えさせられた7年間でした。
7年を経過した今日でも経営は相変わらず厳しいわけですが、心の平安は取り戻しつつあります。そのきっかけは、皮肉なことに自殺者についての1999年のある日の新聞記事でした。そこには「自殺者、はじめて3万人を超す。中高年男性の生活労働問題での自殺が急増! 日本も自殺大国へ」といったことが書かれていました。
わたしにとってこの記事は他人事に思えなかったのです。死にたくなるような苦しみはわたしだけではないのか、交通事故死者約1万人で「交通戦争」と言われる今日において自殺者3万人超とは! 社会はどうなっているんだろうと資料をあたってみました、統計もあたってみました、過労死弁護団を探し訪問して話を聞きました。そして、日本社会が「リストラ自殺」「不況自殺」「生活苦自殺」の多発という人間として生きていけないのっぴきならぬところまで来ているのだとの確信を深めました。わたしも他の人も死なずにすむ方法を考えなければならない、是非、自殺の問題を社会問題として取り上げ世に訴えていかねばならないと決意いたしました。わたしのそうした思いを過労死弁護団の代表幹事O弁護士は理解くださって弁護団として執筆してくださることになりました。昨日の投稿でも紹介させていただいた皓星社のF社長が出版を引き受けてくださることになりました。
ただ、ここでひとつ引っかかることがありました。3万人を超す自殺といっても、そこでの事例や補償や予防の闘いについて情報と原稿が集まるのは、過労死弁護団が扱っている労働者の自殺とその労災補償の闘いに限られるということです。つまり中小零細企業経営者や自営業者の実態がわからないということです。そのことが打ち合わせの中でわかってきました。しかし、その時点では、まず可能なところから出版することだと割りきって作業を進めました。
出版が本業ではなく仕事の合間をみての作業で、出版にこぎつけるまでは苦労もし協力いただいた方々にご迷惑もおかけしましたが、みんさんの熱意で2000年9月皓星社(03-5306-2088)から「激増する過労自殺」(¥1,890)として世に出すことができました。弁護団と遺族との篤い信頼関係と同意の中で、自殺本としてははじめて被災者本人名、被告会社名を実名で出すことができました。サブタイトルは「彼らはなぜ死んだか」、帯には「仕事で死ぬな! 会社は殺すな!」と謳いました。この言葉の中にわたしの思いが結実しています。過労死・過労自殺は現代においては肉体的な強制によって生み出されるのではなく、裁量労働などといった一見任意であるかのような、その実、お金と居場所とプライドを守るために精神的に強制させられる労働によって生み出されているということ、したがって企業や組織の中での労働のルール化とそれを遵守させる強制力は変わらずというか新たに必要であるということ、このことを痛感したのです。他方、個人は会社や組織や家庭への従属を断ちきらねばなりません。自分を生きるためには「不法な」企業や組織を、そして「そ・・・(文字化け)・・・です。
さて、出版を終ってみると、わたしはこの作業の中で得た知識と経験から自殺は中小零細自営業者にも多くしかもその問題解決は手付かずであり、中小零細自営業者の自殺問題はより切実にお金の問題である、と思うようになりました。わたしは、今、「現代の零細企業・自営業者問題」「お金の問題-特に高金利問題」を次の課題として追求しはじめています。
機会があれば、これらの問題を第2回、第3回という形でまた紹介させていただければと思います。
なお、しつこいようですが、皓星社は共産党や新社会党とは特定の関係はございません。