さざ波通信、サイバーアクション等の読者にとっては、いささか迂遠な書き出しかも知れないが、現代の文化事情の手がかりとして大衆文化=大衆運動について考えている事の一端を述べておきたいと考えています。
〔1.ジャパニーズフォーク、ロックについて〕
どのように、切り出していこうか考えていたのですが、馴れ合いの会話で、インターネットを、埋めたくはないと僕は考えています。他の人が、「憩い」や「癒し」を求めているのは、自由だとしてもです。
あまり暑かったので、吉祥寺で、アイスクリームを買っていた時に、不意に、あまり手に取ることもないスポーツ新聞(後で、それが、東スポだった事に気づいたのだが、…)長渕の文字が、目に入って、手にした訳です。
なみふく君であるのだから、音楽について、フォークやロックについて、スタンスが、一音楽ファンでありながらもあるのだろうと思っている人のみ、この先は、読んでください。
暫くの間、活動が、傍目からは、全く見えなくなっていた長渕剛(敬称略)であったが、2枚組ベストアルバムを、2組同時(計4枚組)を発売していた事は、あっちこっちの告知で目に付いていたのだけれども、今回の東スポの記事ほど小気味いいものは、なかったのではないかと考えています。
「静かなるアフガン」のフォークの方法論は、清志郎(敬称略)が、行ってきたタイマーズや発売禁止になった君が代のロックアレンジ?などの延長線上にあるものであるのは、確かであるのだが、影響力としては、中島みゆきの「423」を越えるものを持っているのは、理解出来るのであるし、利用していかない手はないのではないかと考えています。
「アメリカが育てたテロリスト…」「ハリウッド映画のシナリオをすげ替える…」これに対して、アメリカや日本の良心的市民を装おう全ての人が、反論を持つことが出来ているのだろうか。
かつて、貿易センターの犠牲者に対してだけ、社会時事派を気取って、自爆テロを取り扱って歌っていた偽善的ミュージシャンの群れ、ユーミンやその他のものが、再び、沈黙していく事、詩を奏でる事が、もはや、この日本やアメリカでは、偽善者として誹られる段階に来ている事を、訴える事について、最大限に、見極めて行かなくてはならないだろうと僕は考えています。
詩を奏でる事は、死んでいったアフガンの民にとっては、残酷なものでしかない事を、目を反らして今後一秒でも、息をしていく事が出来ないのではないか、そのぎりぎりの選択によって、それぞれが、自らの良心を選択して、行動しなくてはならないのではないかと考えています。
「生きていてもいいですか」「うらみます」をいつも、回帰していく場所として考えざる終えない。
長渕は、戦う人でも、実戦家でもないとしても、自分の限界を知っていて尻込みしていたとしても、そこで、語られていた刹那の真実について、擁護していく事の負い目は、吉田拓郎であろうとも、鈴木宗男問題で、埋没した松山千春であろうと、パンタや頭脳警察であろうと、布袋であろうと、全てのフォークロックの老い未熟に関わらずあるはずであろうからだ、高校生であろうと、中学生であろうと、その感性に共感する全ての人が、担わなくてはならないものだったろうと考えています。
アソシエ21の人々やアメリカの侵略行為に抵抗する小倉虫太郎氏達などは、きっと、その理論的な努力を払わない「売名行為」の一群として、互いに軽蔑しあい反目しあっているのではないかと僕は考えています。
事実、「レッズ」を歌ったパンタは、共産主義思想理論を考え抜いた人ではなく、時流に乗る人、平野おじさんに乗せられた人でしかなかったのかも知れない。
それであっても、何も無いよりは、ましであるのだし、その様な音楽の痕跡があった事のみを、僕は、肯定していきたいと考えているのです。
では、これ以上の実戦や革命活動を、誰が担っていくべきであるのだろうか?
ミュージシャンの限界を補完していく事が求められているのであるし、大衆性と専業性(学者性)、哲学も経済学も政治学も、現行の愚衆政治ポピュリズム小泉ー石原政治から、奪回していかなくてはならないのではないかと考えています。
サンダープロジェクトで、石原都知事に、なおざりな質問北朝鮮問題について、金子勝教授が、論戦の一端を挑んでいたが、満足の行くものでは到底なかっただろう。
では、あまり長くなってもしかたがないので、今回は、この位にしておき、僕たちのパソコンも、XPやヤフーBBで、つなぎ放題になったので、ウィルスの邪魔が入らない限り、時間や接続料を気にせずにインターネットへ参戦出来る様になりました。
ひとつずつの反論を、各機関へ、そして、NHKや民放局にであっても、直接出していき答えが聞き出せる様に、運動を、盛んにしていく事がそれぞれに望まれているのではないだろうかと僕は考えています。
7周年記念のLPOは、興味を引かない。アソシエ版LPOを、もう一つ、富久町にでも、民主党居酒屋の隣にでも作っていくべきではないのかと感じているのです。