2001年9・11以降、超閉塞状況に陥っていた私でした。まずは身の周り、テレビ、新聞、友人・知人、隣近所の住人、そして、所属している共産党といったところに、メッセージをなげかけてきました。
最も手っ取りばやく思えた共産党中央・不破議長や志位委員長そして、赤旗読者に影響をあたえるであろう関口編集局長にもーー
この間返事は3回、新聞掲載は子供の投書が1回、女性の意見として赤旗の部数拡大に言及したもの1回のみ。
さて、周りを大きくみてみると、アフガニスタン殺戮戦争は、まず、第一ラウンドは終了し、日本は立派な軍事国家の仲間入りをしました。いまは、世界戦争の入り口から入ったとこらへんですか。インド洋で戦闘中の軍艦が壊れれば、民間の修理工員がかけつけます。メディアは、連日、ゆでがえる日本人に、温かなお湯を1度ずつ温度をあげながらそそぎます。
私は仕事がら、賀状500枚前後かくのですが、9・11以降はおめでとうなんて祝う気にもならず、寒中見舞いにきりかえてきました。そして、それさえ書く気力がなえ、風邪でうなされながら、メール投稿をはじめたのです。私の人生の仕切り直しといった決意をひめてーーいえいえ、正直いえば、つぎつぎとすべて裏切られ、唯一残っているかもしれない「場」を求めてのことでした。
そこで見た三分の理さんや反日反米反ファッショさんに対する、バッシング的な思い込みの激しい反論に発奮したことも事実です。当然もう攻撃を覚悟していたのですが、いまのところ、ありませんね。その代わり、桜坂智史さん、木村愛二さんに反応していただいて、とても、嬉しくかんじました。
そこで、桜坂さんの人となりを知りたくて、はじめて主題別討論欄をみつけ、さらに驚いたのが、東京都知事に中村敦夫氏をーの記事でした。類は友を呼ぶ(失礼)ではないですが、私も先日、同じような意見を送ろうとしたのです。なぜか、三分の二まできたところで、突然消滅し、諦めたのです。中村氏に関しては、私のまったく個人的意見でしたので、いい理由を、冷静に分析されている桜坂氏に、改めて尊敬と共感をおぼえました。
なにが言いたいのかといいますと、試みにさざ波に参加してみて、やはり、これからも、少しずつでもメッセージを発信させていただければーーとおもうのです。おそらく何万(?)の人がよんでくれているだろうと思うのですが、具体的に反応があるとてごたえを感じますね。
ともあれ、みんな、大変な事情をかかえながら、今をいきているわけで、言いたい事、叫びたいことばかりだと思う。そうした思いをひろいあげてくださるさざ波に改めて感謝です。以上