以前から私は考えていましたが、日朝交渉が01年9月17日に小泉首相の訪朝により再開され、次の協議の10月に日朝交渉が再び決裂し、今に至るまで再開のめどが立っていない原因は「5人は一時帰国である、永住帰国ではない約束で帰国させる」条件を、小泉首相の判断で破棄したことが最大であると思っています。
もちろんその他の諸国の「拉致問題」とは直接関わらないところでの対応も影響しているでしょうが、少なくとも北朝鮮側は「約束を破ったのは日本側である」と明言しています。
小泉首相が5人を永住帰国とした判断は、今の時点では日本の世論の大半が支持していると思いますが、北朝鮮側から見れば「約束を破られた」という事実はぬぐえないと思います。
その判断が世界世論の上で良であろうと否であろうとも、です。
そこで私は、以前から考えていたことを提案します。
次の通りです。
帰国した5人が北朝鮮に行くという原状回復を行う
訪朝の条件
1 5人の国籍は日本であることは周知の事実とする
1 「9.17日朝平壌宣言」内の「誠実な協議」を双方再確認することを訪朝の目的とする
1 滞在は10日前後とする
1 日本政府代表と国際人権委員会代表の同行
1 日本側は一時帰国の「条件の破棄」を率直に認め謝罪する
1 北朝鮮の国際条約、宣言の違反の回復を求める
1 日本への再帰国は5人の各自の判断を最優先させる
1 5人と北朝鮮側との会合は同行者の視野内を絶対条件とする。その際、ビデオ撮影等は当然許される
現在日本においてはアメリカ流の「他国への干渉意識」が平気の平左でまかり通っています。
拉致被害者家族を「支援する会」の元会員などは、「北朝鮮に戦争を仕掛けるしかない」などと平然と主張しています。
「内政不干渉」と「国際協調」は歴史発展の必然の命題であったはずだと思います。
今まさにアメリカのプロパガンダがメディアを通して世界を席巻している感があります。共和党ブッシュ政権は、キリスト教原理主義を標榜する信仰者の巨大化した集団の票を求めて産軍複合体の利益の追求に邁進する。
日本のメディアなど、その流れに比べれば赤子のようなもの。
理念がないからです。共通の理念がないからです。
そのキリスト教原理主義的な思考を断ち切って、日本人の日本的な昔からの精神・「和」にいったん心を移すのもいいのではないか。
北朝鮮が専制政治を敷いている。日本からみれば異常でしょう。しかし、その異常は一朝一夕に変化するものではないはずです。
やせ衰えて、また一人の少女が、老人が死んでいく。
その苦しさは私がいくら涙してもどうしようもない、現実。
かつて芭蕉は「奥の細道」記に富士川の河原に捨てられた赤子の話を載せています。彼ら一行は旅の途中であるが故に、その赤子を見捨てて旅を続けたとしています。
ひどい仕打ちです。芭蕉という人間は。
しかし時代背景が違います。一概に今の価値観で200年前の行いを断罪できるか。
日本の価値観で北朝鮮を断罪できるか。
アメリカ合衆国の価値観でイラクの政治を断罪できるか。
同じ要素の問題であろうと思います。
「北朝鮮による拉致被害者」家族連絡会はメールアドレスを公表していません。そして今、北朝鮮に経済制裁を加えるべきだ、と公言しています。彼らは立派に主張でき、彼らへの一市民の意見は届かない仕組みになっています。
彼らの行動はほとんど右へ向かっているように感じます。
そして、日本政府は19日、アメリカ軍の東アジア活動に浜松基地の「エイワックス」の提供を申し出ました。
日本政府は軍事的に北朝鮮を刺激しようとしています。
この流れは、金(オカネ)と密接に繋がったキリスト教原理主義的思想の流れです。
この政治的な流れに反対して、私は前述の提案を「社会主義者Z」様に申し出たいと思います。